2005年8月 8日

「戦争責任とは何か」

4121015975.09._PE_SCMZZZZZZZ_.jpg日本の戦争責任が話題にのぼるとすぐに"ドイツはきちんと謝罪してきている。それにくらべて日本はなにもしていないといっていい"というようなことがいわれます。
著者は新聞記者としてドイツに赴任中に疑問を感じ、また帰国直前にミュンヘンで開催された「国防軍の犯罪」をめぐる展示がドイツ国内で激しく反発をうけている事態に遭遇。フリーになってから、あらためて調べてみると、ユダヤ人虐殺についての反省は積極的にしてきたものの、「戦争」そのものについてはどうやらほとんど議論さえしてこなかったことをしります。

ドイツは、責任をナチスにおしつけ、ナチス以外はその独裁の犠牲者であったかのように考えるようになります。

もうひとつ、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)についてのみ語られ、戦争そのものがどうであったか、つまりニュルンベルク・東京裁判で「A.平和に対する罪」として問われた罪、それから、民間人の殺害など旧来からある戦争犯罪、ニュルンベルク・東京裁判で「B.通例の戦争犯罪」として問われた罪、についてはすっかり忘れられていました。

ドイツと日本では、当然、戦争でしてきたこともちがいますが、その過去をどうとらえるかもちがっていました。
最近では、日本の政治家や評論家も、「ドイツはきちんと謝罪している」と非難されても、「ドイツはナチスのせいにしてきた」と指摘するようになってきています。

ドイツを反面教師とするならば、日本はなにかにすべての責任を押しつけないことが重要でしょう。それとも、なにかに責任を押しつけてちょっぴり逃げ道をつくっておいて徐々に過去を反省すべきなのでしょうか。わたしは、もうなにかに責任を押しつけている時期ではないと思います。すくなくとも実際に戦争をしてきたわけではない世代はそんなことをする必要はありません。逃げ道は最初からきちんと用意されています。

話題がずれますが、戦争について話しあうとき、実際の被害者でもないのに、被害者以上に強い憎しみを「なにかに」ぶつけようとしているひとがいますが、あれはどういうことなんでしょうか。想像して、被害者意識をもつ。そう、かならず、だれもが被害者になる。これはドイツがやってきたことと似ている気がします。

"〈戦争責任〉とは何か — 清算されなかったドイツの過去"
木佐芳男
中公新書
819円
Amazonアソシエイト

コメント

こんにちは。

「自己満足的防衛反応」なんでしょうね。

でも、そういうのがふつうに行われてしまうなら、そういうのがあるというのを前提になにかをしていくしかないですよね。
めんどくさいけど。
たぶん自分にもどこかしらあるはずだろうし。

すんません。映画『ヒトラー最期の12日間』評をこっちにTBしようとして間違えて『太陽』のほうにTBしちまいました。ははは。しかしこれも「神の見えざる手」かもしれません(爆)

>日本はなにかにすべての責任を押しつけないことが重要
>でしょう。それとも、なにかに責任を押しつけてちょっぴり
>逃げ道をつくっておいて徐々に過去を反省すべきなの
>でしょうか。
>わたしは、もうなにかに責任を押しつけている時期では
>ないと思います。

>戦争について話しあうとき、実際の被害者でもないのに、
>被害者以上に強い憎しみを「なにかに」ぶつけようとして
>いるひとがいますが、あれはどういうことなんでしょうか。

すばらしい。実際、こういう意見がもっと普通に出てくるようでないと「民度の高い文化国家」とは言えないと思うのですが、残念ながらわが国にはサルが多いですね。まったくもってサルの惑星です。合掌(爆)

「被害者以上に強い憎しみを「なにかに」ぶつけようと」するのは、身内の過去の後ろ暗さを強引に払拭するための、おとなげない自己満足的防衛反応なのかな、と思います。

コメントする