2006年4月20日

日本の偽書

 一部の軍人・政治家たちにもてはやされた「竹内文献([wikipedia:竹内文書])」、その種本のひとつ「[wikipedia:上記](うえつふみ)」、戦前の二大偽書からはじまります。日本中心の歴史を創作したところが、ちょうど時代の波にのってもてはやされたようです。  「竹内文献」は、青森にあるキリストの墓の伝説をつくりあげた元凶です。しかし、伝説はひとりあるきしてもともと青森にあった伝説のように語られてしまうようになりました。著者は、東北に幻想を求める風潮が日本にあることを指摘し、東北の偽書「[wikipedia:東日流外三郡誌](つがるそとさんぐんし)」とそれが下火になってからもてはやされるようになった「[wikipedia:秀真伝](ほつまつたえ)」をとりあげます。  最後には「[wikipedia:先代旧事本紀](せんだいくじほんぎ)」「[wikipedia:先代旧事本紀大成経](せんだいくじほんぎたいせいきょう)」をとりあげます。これらは、聖徳太子が蘇我馬子とともに編纂した歴史書で、現存する日本で最も古い公式の歴史書「[wikipedia:日本書紀]」の元ネタなのだといわれました。前者が登場したのは平安(936年)、疑われだしたのが江戸時代(1731年)とかなりの長命。当時特有の注釈の行為がこの偽書を生みだしたようです。注釈というと現在は補足説明ですが、平安では説明をつけくわえるというよりは"つくる"に等しく、ここに書かれていることはじつは偽りで、この裏に本当にあったのはなになにだ、というぐらいつくっていたそうです。さて後者「先代旧事本紀大成経」はこっちが本物だと前者をもとにして江戸時代(1679年)に作られました。当時は儒教が勢力を拡大しており、押されぎみだった仏教を擁護する内容が広く支持を集めました。  この「先代旧事本紀大成経」が後年の偽の歴史書の著述に多大な影響をあたえており、偽史の原典である「先代旧事本紀」ともにルーツになっているそうです。  新書サイズにしてはかなりくわしく充実しています。創作に利用するのにはアカデミックすぎるかな。ポイントは、偽書の内容をうけいれる状況ができていること。これは偽書をつくったひとの理由とちがっていてかまわない。本物っぽくみせかけるリアリティよりも、いかにこの偽書をうけいれてくれるひとが望んでいるものを表しているかが重要で、だから内容がばかっぽくてもかまわないわけです。オウムがうけいれられたのとおなじですね。 [ASIN:4166603795:detail]

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