ブレードランナーの未来世紀
まえに紹介した「映画の見方がわかる本」の続編にあたります。今回は、はまった人が多いカルトムービーが続出した80年代のアメリカ映画を、制作者側の実情を通して解説してくれます。
とりあげられるのは「ビデオドローム」「グレムリン」「ターミネーター」「未来世紀ブラジル」「プラトーン」「ブルーベルベット」「ロボコップ」「ブレードランナー」。80年代のハリウッドは、築きあげてきた映画作家の時代が終わり、ふたたびお気楽映画の時代が舞い戻ってきました。これらの映画はどれもハリウッドの中心から締めだされた映画作家たちの作品です。
これらの映画が共通してもつルーツは40年代の「素晴らしき哉、人生!」だそうです。アメリカではクリスマス時期になるとかならずテレビで放送される映画で、田舎町でローン会社を営む主人公ジョージは貧しい人々のために低金利のローンを組んだり、安い住宅地の開発などをして、立場の弱いひとを助けています。それをおもしろく思わないのは大地主のポッターです。高い金利で金を貸し、家賃をどんどん上げてもうけを増やしたいので、ジョージがじゃまでしょうがありません。ポッターはジョージの事業の妨害をくりかえし、ついにはジョージを破産に追い込みます。ジョージは悲観して「僕なんか生まれてこなければよかったんだ」と自殺しようとするのですが、そこに見習いの天使が現れ、「ジョージが生まれてこなかった世界」を彼に見せます。街はポッターが支配し、酒場やキャバレー、ストリップが建ちならび、ギャングが幅をきかせ、町のひとびとはすさんだ生活をしています。親友や妻の不幸なすがたをみて「生まれてこなったほうがよかったなんて二度といいません!」と叫ぶと、ジョージは元の町にもどっていて、家には彼の世話になっていたひとたちがお金を持ちよって集まっていました。そのお金で負債をすべて返すことができました。みんなで幸せに歌をうたいました。めでたしめでたし。......と思われている映画なのですが、じつは本当の意味においては、映画をみているひとたちの実生活においては、ジョージがみた彼のいない世界のほうが現実なのでした。ハッピーエンドは実際にはなかった甘い夢なのです。
このなかの「ロボコップ」は意外でした。いままではふつうのSF娯楽作品だと思っていたんですが、この映画の監督ポール・ヴァーホーヴェンはもともとはオランダで映画を撮っていたんですが、それがセックスと暴力、反モラルでスキャンダラスなテーマのものばかり。そういう監督が「ロボコップ」をつくったのですから、これまでとはちがう意味がみえてきそうじゃないですか。
しかもこの監督は映画制作時に「キリスト学会」に出席していたそうです。この学会は考古学的見地から実在した人間としてのイエスを明らかにしようというものです。反モラルな作品をつくるひとに共通するのは、きれいごとだけじゃない、汚いこともするのが人間だ、ありのままの人間をみようとすることです。たしかに「ロボコップ」にはそういう面がありましたよね。



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