ドン・デリーロ「コズモポリス」
退屈。刈りこんで短くするか、映画にでもすれば、おもしろくなる内容だとは思います。
主人公は、投資会社の社長で、コンピュータの分析した映像をながめています。映像をなにかの哲学のように考えたりもしています。胴を長くしたストレッチリムジンに乗り、ときどき乗り込んできてる、あるいはいつのまにか乗っている部下と話をします。女とセックスをします。接するものが象徴的なものばかりなので、セックスとか、危険だとかに心をうばわれます。事件を映す映像からは眼をはなせません。あまり楽しんでいるようにもみえないけれど。まさに現代人ではあります。今日は床屋にいくつもりで家をでました。安くなるとみこんだ日本円は上昇中、下がらないと会社はおしまいです。
主人公とおなじように退屈を感じ、主人公とおなじように、なぜだか不思議な力でちょっと先のことを知りその時を待ちます。
主人公が退屈しているのだから、読んでいて退屈を感じるのはしょうがないのかもしれません。



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