2006年9月30日

カレンダー選び

 海外はカレンダーのでるのが早くて夏まえにはほぼでそろっています。
 今年は、Emily the Strange と 奈良美智 のカレンダーを、ひとつずつだとなんだかさびしくて、ふたつならべて見ました。
calendar2006.jpg
 どちらもちょいと孤独な女の子が描かれていて、いい感じになりました。
 月の終わりか始めかにどういう絵が出てくるのか、めくる楽しみだけではなく、組みあわせがどうなるかもうひとつ楽しみができました。
 来年もこれでいこうかなと思っています。
 とりあえず、すでに発売されている Emily のカレンダーを購入。奈良さんのカレンダー待ちです。

 あとは蜷川実花さんのカレンダーを買うつもりです。

2006年9月28日

バロウズの妻

Amazon.co.jp: バロウズの妻: DVD: ゲイリー・ウォルコフ,コートニー・ラブ,ノーマン・リーダス,キーファー・サザーランド のちに作家となりその時代と後世に多大な影響を残したウィリアム・S・バロウズ。彼が妻を射殺したエピソードを題材に、バロウズ自身とその友人たちのミューズとなったバロウズの妻、ジョーンを描いた作品です。

 この射殺事件は、バロウズを語るときにかならずとりあげられるエピソードで、ウィリアム・テルごっこをしていての事故、つまり妻ジョーンの頭のうえにグラスをのせそれを狙って撃ったのが誤って当たってしまったといわれています。それが本当に事故なのかそれとも故意なのかが話のネタによくなるわけです。

 この映画が愛を描いた物語だけだとするとやや退屈です。とりたてて強いメッセージやテーマもなく、ほかに求心力のある要素がありません。ただ人物が描かれ、彼らの日々を送るだけです。

 でも、監督の強い愛情が映画を成り立たせます。彼が愛してやまなかった作家・詩人たちの物語です。

 映画が記憶になり、ラストで表示されるバロウズたちの実際の文章を眼にしたとき、ぞくっとさせられることになります。

"バロウズの妻"
監督 ゲイリー・ウォルコフ
出演 コートニー・ラブ、ノーマン・リーダス、キーファー・サザーランド、ロン・リビングストン、カイル・セコール ほか
5040円
Amazonアソシエイト

2006年9月27日

トラックバック話

 スラッシュドットに「トラックバックに相手の承諾が必要?」という記事があります。
 タイトル通り、トラックバックを送ったら、「トラックバックですが、承諾のお伺いをコメント欄にに書くべきではありませんか? ブログで訴えるということをするなら、それってマナーだと思いますが。」といわれたという。
 それってマナーなの?ってお話です。

 トラックバックというのは、だれかの記事に刺激されて自分で記事を書いたときに、その相手の記事に送るというのがもともとの機能。(トラックバックを送ると、相手の記事に自分の記事へのリンクが作成されます。HPのリンク登録みたいなものです)。
 だから、相手の記事に自分のところへのリンクを張るだけのやり方は「スパム行為」であると判断されます。
 これが、いちばんお堅いトラックバックの考え方です。(こことかここの意見)。

 ゆるい考え方になると、同類と思われる記事はお仲間なんだからリンクを張っちゃってもいいじゃない、とお仲間リンクを張るわけです。
 ただし、一方的なリンクです。

 このへんの考え方のちがいは「トラックバックをめぐる4つの文化圏の文化衝突——「言及なしトラックバック」はなぜ問題になるのか [絵文録ことのは]2006/01/06」で、きれいにグループわけされているのでぜひそちらを参考にしてください。

 べつに自分の記事になんにもふれられてないのにトラックバックを張られるのはいやだなーと考えるひとがいるのはわかります。
 エロサイトとかワンクリ詐欺のサイトへのトラックバックが張られたりするのはよくあります(自分のブログに勝手にエロサイト、ワンクリ詐欺のサイトへのリンクがつくられちゃうわけよ!)。
 やってることは同じじゃないと思われてもしょうがありません。

 実際、冒頭ののスラッシュドットにあげられた記事の、文句をいわれたブログ側は、かなりの数のトラックバックを無作為に張りまくるという、スパム的なやり方をしているところです。(だから、冒頭の記事の場合、トラックバックの考え方のちがいが出た、というよりも、スパム行為に対して相手が文句をいっているというのが本当のところでしょう)。

自分とこのトラックバック・ポリシー
 自分の場合は、基本的には相手の記事に言及しているときにトラックバックを送っています。(例外は、ネット書店のbk1へのトラックバック)。  受けるときは明らかに変なサイトでなければ、こっちの記事なんかぜんぜん読んでもいないところからトラックバックを張られてもオーケーにしています(ただし一旦保留させてます。だって、うちにくるのたいていい外国からのスパムだから)。お仲間リンク、オーケーです。ネットはリンクしてその世界が成り立ってますからね。

ヴァージン・スーサイズ

Amazon.co.jp: ヴァージン・スーサイズ: DVD: ソフィア・コッポラ,ジェームズ・ウッズ,キャスリーン・ターナー,キルステン・ダンスト,ジョシュ・ハートネット 「ロスト・イン・トランスレーション」の前評判の高さは、同監督のこの映画を好きなひとが多かったから、と思っていたんですが、意外と話題にされず、知らないというひともいたので紹介します。

 5人姉妹の物語で、近所の男の子たちがその思い出を語るというスタイルをとっています。
 始まりは、末娘のセシリア(ハンナ・ホール)の手首を切っての自殺未遂から。気むずかしそうな、ゆううつそうな、かつ理知的な顔をした女の子で、この子の個性で導入部は完全にひっぱられていきます。

 映画全体でテーマをうちだしたり、メッセージをつたようとせず、繊細に女の子と男の子たちの状況を形にしていきます。「ああ、そういうのあるよね」というひっかかりから、心に入っていく映画だと思います。自殺を描いているけれど、自殺の映画ではないですよね。

 理屈的には、女の子の自殺の理由もしっかり思いつくけど、でもそれはなにか違うような気がして、やっぱり、わからないというのがいちばん正直で、それを告白する男の子たち。女の子をやっちゃうことだけしか考えてなくてそれが自慢な男の子。熱い愛情をもっていたのにその女の子から離れていく男の子。女の子たちを描いた映画のようだけれど、男の子もしっかり描かれています。

 音楽もすばらしく、メロディーのきれいなポップスで構成されています。どれも明るい曲なんだけれど、どことなく悲しいというか、胸に切なく響きます。

"ヴァージン・スーサイズ"
監督 ソフィア・コッポラ
出演 キルスティン・ダンスト、ハンナ・ホール、ジェームズ・ウッズ、キャスリーン・ターナー ほか
3743円
Amazonアソシエイト

2006年9月25日

「仕手現場の仕掛け人」の作者さんのネットラジオ

 こちらで紹介した「仕手現場の仕掛け人 真実の告白」の作者、松本弘樹さんが、本の宣伝のためにネットラジオ(音声ファイル)で内容紹介をしていました。

 この本は、堀江貴文などのヒルズ族を生みだした"株による錬金術"の仕組みを解説したものです。

 ネットラジオでは、本を書くきっかけや、本をさらにおもしろく読んでいけるエピソードなどを話しています。

 "なぜ株式上場をめざすのか"のお話は、上場には、株による正当な資金調達、一流企業のステータスというだけではなく、おいしい錬金術、つまりふってわいたようにお金が手に入る旨味(うまみ)があるんだよというのを教えてくれます。ほんと、現場の人間にしかわからないことで、うわなんだ、そのおいしさは、とちょっとびっくりさせられました。

 このネットラジオ、ちなみに有料コンテンツで、50ポイント(50円)かかります。1000円単位でしかポイントが買えないので、これを聴くだけだとポイントが余ってしまいますが、そのときは梨元放送協会がおすすめです。

 記事のリンク先はすぐにログイン画面になってしまうので、内容紹介をコピペしておきます。

ネットラジオ特番 「株のインチキ教えます」

仕手の現場の仕掛け人と二階堂の対談式特番ネットラジオ。企業はどうして上場するのか、本当の意味教えます。きわどいネタも満載の特別番組!

放送内容:「こうしてあなたも儲けなさい」「SECに呼ばれました」「IT成金の過去」「上場していい思いが出来る本当のカラクリ」「IT錬金大作戦」「ファンドマネージャーを釣る」「掲示板で動く株」

 作者さんがおっしゃっているとおり、世の中に役に立つ仕事をしたいけれどお金がないときに、この本の錬金術をつかって元手をこしらえるのが、この本の最適な利用方法だと思います。

2006年9月24日

蟲と眼球とテディベア

Amazon.co.jp: 蟲と眼球とテディベア: 本: 日日日 初期の作品で、かつ、シリーズ化するために新人賞作品を改稿したものなので、この著者の他の作品と比べるとちょっと質が落ちます。ストーリー全体の個々の要素はおもしろいけれど、構成が荒っぽいです。現在は組み立てが繊細になっています。といってもデビューからまだ1年ちょいなんですね。かなりの力量です。

 ストーリーは、高校教師と女生徒が恋をしています。そこに強烈な暗雲がただよってきます。街角の占い師の少年が女生徒の死を告げたのです。スプーンで眼球をえぐられて脳をぐちゃぐちゃにされて殺されてしまうと。そして、ひとりの謎の少女が現れます。右手に銀色のスプーンが握られています。彼女は眼球抉子(がんきゅうえぐりこ)と名のりました。「グリコの邪魔をするのなら、おまえの眼球えぐっちゃうぞ」

 エデンの林檎をうまくアイデアに取り込んだ展開をしていきます。この本でしっかり完結しているのでこの先どうなっていくのかたのしみです。これを書いている時点で4巻まで出ています。

"蟲と眼球とテディベア"
日日日
メディアファクトリー
609円
Amazonアソシエイト

フラガール

hulagirl-logo.jpg
 「フラガール」を観てきました。

 蒼井優の出番がたくさんあると聞いていなければ劇場での鑑賞はパスしていたかもしれませんでした。でも、観てよかったです。おもしろかったー。

 ストーリーは、常磐ハワイアンセンター(現在は、スパリゾートハワイアンズ)の設立時の物語。石炭を掘り出す鉱山事業が下降線を描いていた時代、鉱山の閉鎖にともなって大量の人員解雇をしなければいけなくなります。新たな雇用先確保のために考えだされた新規事業がこの常磐ハワイアンセンターでした。これまで鉱山で捨てていた温泉の湯を有効利用して、人工の南国をつくりだそうという計画です。
 中央には舞台をつくり、フラダンスのショーを見せようと、炭坑の町の娘たちから希望をつのってダンスチームを設立します。
 が、もちろん、素人ばかり。鉱山で働いていたひとたちからは裏切者として白い目でみられます。簡単にはいきません。

 コメディタッチのたのしいやりとりで物語は進んでいきます。フラを教える先生として東京からよばれる名門SKD(松竹歌劇団)の元ダンサーとして松雪泰子。いきなり酔っぱらいねーちゃんとして登場です。蒼井優演じる紀美子をフラにさそう親友として徳永えり。えらいことかわいい女の子です。しずちゃんもこれまでの怪物な女性としてのイメージをそのまま利用しての登場。子持ちのおばちゃんでがんばるのを大人計画の池津祥子さんが。プロフィール写真とぜんぜんちがいます。紀美子(蒼井優)の母親役に富司純子さん。昔気質の怖いお母さんです。紀美子の兄に豊川悦司さん。田舎のいいあんちゃん役です。都会派のイメージが強かったんで新鮮でした。こういうクールじゃない役柄の方が映えるんじゃないしょうか。フラのダンスチームを統括する部長さんを岸部一徳さんが。良くも悪くも岸部一徳さんです。

 笑いいっぱいで進みますが、悲しくてつらいことも起きます。でものりこえなきゃ先はない。ちょっとしたことが人間を強くしますね。大きなことなんていらんのですよ。でもね、みんな、その"ちょっとしたこと"がなくて泣くんですよ。
 こういう泣き笑いでたのしい映画が、そんな"ちょっとしたこと"になるといいですよね。

 そうそう、蒼井優、踊りますよー。かっこいい。それに初めて蒼井優にセクシーを感じました。ダンスをたのしむってこれまでぜんぜんわからなかったのですが、フラって観ていてたのしいですね。

2006年9月23日

CURE

Amazon.co.jp: CURE キュア: DVD: 黒沢清,役所広司,うじきつよし,中川安奈,萩原聖人,洞口依子 警報が鳴っている踏切の遮断機をついくぐり抜けていきそうになるような、フラフラっとさそわれる瞬間が、黒沢監督のつくる映画の中にはあります。好きな映画監督です。この「CURE」も"お気に入り"に入れたい映画で、DVDを買ってから、繰り返し観ています。

 ジャンルは、サイコ・サスペンス(一般的に、ゲームのように行われる殺人、殺害方法は猟奇的で、そして人間精神に視点をむけた物語描写が特徴です)。
 被害者には、耳の下から首をぬけて胸もとまで斜めに切り裂き、左右両側、×印を描く深い傷が残っています。加害者はべつべつ。みんなぼんやりしたようになっていて、なぜ殺人にまでいたったか自分でわからなくなっています。そういった事件が連続して起こります。
 間宮(萩原聖人)という記憶障害がある青年がこの事件の本当の加害者として浮かびあがってきます。
彼は医大生で催眠術の研究をしていたようでした。それはまだ魔術として見られていたころの初期の催眠術。彼はなんのためにこんな殺人を犯しているのでしょう。

 リアルな犯罪物に、後半は幻想的な表現が加味されます。全体の雰囲気は壊さず、いいバランスで、昔の探偵小説のような味わいをだしてきます。

 黒沢監督は、ひとつの場面が終わって、登場人物がつぎの動作をしはじめた、というところでカットして、つぎのシーンにつなげることをよくやるのですが、これが残像として累積して不思議な効果をあらわします。

 結末は、少々、わかりにくく、すっきりしません。ここで評価がわかれているようです。小説としての「CURE」も監督自身が書いており、そこには細かい説明があったりもするので参考になるかもしれません。

 とりあえず、わかっておくといいのは、犯人・間宮の催眠術は、憎しみの対象を殺すことによって被験者を癒しているということ。タイトルの「CURE」ですね。だから、各事件の加害者は、あとでどうして殺したのかわからなくなります。ほぼ完全に憎しみが消えてしまったからです。

 なお、現実の殺人では加害者の心はぜんぜん癒されないようです。いくら憎いひとがいても傷つけたりしないようにしましょうね。

"CURE"
監督 黒沢清
出演 役所広司、萩原聖人、うじきつよし、中川安奈 ほか
- 円
Amazonアソシエイト

2006年9月21日

GLOBAL G-2

Grobal_G-2.jpg
 「キッチン・コンフィデンシャル」を読んで無性にほしくなって買ってしまったGLOBALのシェフナイフ。
 写真でふつうの菜切り包丁と比較してみるとわかるんですが、日本の一般家庭で使われている包丁よりも数センチ長いです。最初手にしたときはちょっと怖かったんですが、使ってみると長さが不便になることはなく、先端でちょいちょいと細かく切れ目を入れたりするのも簡単にできました。

 オール・ステンレスのフォルムがかっこいい。

2006年9月20日

オタク・イン・USA

Amazon.co.jp: オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史: 本: 町山 智浩,パトリック・マシアス 海外進出をしたころのジブリの鈴木プロデューサーはよくこう訊かれたそうです、「あなた方の作っているのはジャパニメーションじゃないんですね」。ジャパニメーションといわれているものはセックスと暴力のアニメ、ポルノとしての日本製アニメでした。

 この本によると"Hentai(ヘンタイ)"という言葉は日本製のアダルトアニメをさすそうです。いまではアダルトアニメ(マンガ)全般をヘンタイと呼ぶようになりました。宮崎駿とポケモンがなかったら、日本のアニメは「ポルノ」で定着してしまっただろうといいます。

 エロが主流というのは、誤解ではなく、日本のオタク・カルチャーがきちんと理解されているように思えますが、ポルノ市場に大量投入されたのは、ロリコン(チャイルド・ポルノ)やレイプに極めて厳しいアメリカのポルノ規制の抜け道として使われたのが大きいようです。対象が実在する少女ではないため(モデルとなっている人物が傷つけられるわけではないため)、「被害者なき犯罪」であり、憲法上、起訴できないから、というのが理由。詭弁ですよね。今のところはセーフだけれども、"ヘンタイ"愛好者の性犯罪が問題化すれば一発で終わりでしょう。

 いきなりそんな話から始まってしまいましたが、この本はポルノ話で終始する内容ではありませんよ。

 日本でも地方ではアニメがあんまり放映されなくてたいへんだったりするお話をききますが、アメリカだとさらにたいへん。とくにインターネットがなかった時代には。

 やっぱり「ゴジラ」は有名なのですが、じつは日本のゴジラ映画はひとりのアメリカ人によって強烈に方向性を左右されていたなんて知っていました? 
 「ウルトラマン」も人気がでたそうなんですが、「ウルトラセブン」は盛大にこけます。なぜか10年も寝かされたうえに、放送時間が早朝5時、とどめに、セリフがすべてつまんないジョークまじりに変えられてしまっていたそうです。「ウルトラマン」熱中したアメリカ人がウルトラシリーズの最高傑作だと噂にきいていたそれをやっと観られたと思ったら、ぐだぐだのジョークてんこもり。さぞやがっかりしたことでしょう。
 こうしたアメリカ独自の改変というのはよくあるらしく、「ガッチャマン」は銀河を旅する宇宙戦士の物語になっているそうです。編集し、オリジナルの映像を継ぎ足して、R2-D2みたいなロボットが行き先の惑星を指示してガッチャマンたちはそこで宇宙の侵略者たちと戦う。すごいなーと思っていたら「マクロス」は「マクロス」と「超時空騎団サザンクロス」と「機甲創世紀モスピーダ」をくっつけて、「ロボテック」というひとつのシリーズにむりやりしてしまったんだそうです。それでもヒットしたのがすごいところです。

 かつての日本が、中国の文化をとりいれ、日本独自の文化をこしらえたように、アメリカにおいての、日本のアニメ・特撮・マンガも、ストレートな取り入れ方から、独自のものを生みだす方向へと変わってきました。この本ではとくにマンガでの影響がくわしく語られています。

 雑誌連載記事がもとになっているということで、数ページごとにひとつのテーマにしぼられており、話題が多く、間延びせず、飽きずに読んでいけます。著者が、記者や評論家ではなくて、ほんとうにアメリカ人のオタクなので、誤解がなくて、短い文章の中でもターゲットをきちんととらえているので、充実もしています。おろもしろいです。

"オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史"
パトリック・マシアス
太田出版
1554円
Amazonアソシエイト

2006年9月19日

コロムビア映画のお姉さん

colombia_lady_arm.jpg コロムビア映画の冒頭にでてくる自由の女神みたいなお姉さん。たいまつ持っている手が変じゃないかなー。でっかい全身画像はWikipediaの英語版のColumbia Picturesで見られます(むこうの画像をクリックしてみてください)。

 このお姉さん、自由の女神ではなく、 Torch Lady や Colombia Lady と呼ばれています。たぶん、自由の女神だと商標にならなかったりとビジネス上のつごうがあるのでしょう。

2006年9月18日

X-MEN:ファイナル ディシジョン

 「X-MEN:ファイナル ディシジョン」を観ました。

hillarysays-xman.jpg
 原題の「X-Men: The Last Stand」が、どういうわけか「ファイナル ディシジョン(最終決定)」になっています。映画をみてしまえばわからなくはない題名なんですが、奇妙な変更です。また、役者が来日したおりには、もっともX-MENぽい日本人として、なぜか亀田興毅がゲストに登場。不可解きわまりない演出です。

 このシリーズ、前作、前々作ともにみていないのですが、翻訳されたX-MENのコミックを読んだことがあったのでキャラクターはわかっていたので問題なくみられました。キャラをすぐにつかめるタイプのひとなら予備知識がなくても大丈夫でしょう。人間関係はすぐにわかってきます。思い入れで差がでてきますが。

 X-MENやその敵として登場する特殊能力をもった人間(ミュータント)は、突然変異によって現れるようになりました。偏見もあるし、その能力に脅威も感じていたので、迫害される存在です。
 この映画では、その特殊能力をなくす薬が完成し、望むものであれば無償で投与する決定が米国政府によってなさます。人間を支配しようと考えるミュータントのグループはこれに反対し、実力によってこの薬を根源から破壊しようと試みます。
 これがメインストーリーになります。
 もうひとつ絡んでくるのが登場人物たちの恋愛です。これは映画を観ていれば説明なしにわかるので省略します。
 ロマンスなくしてはなにごともなりたちません。

 満足度は中の上ぐらい。ヒーロー物の「ファンタスティック・フォー」などよりはずっとおもしろいですが、主役級のキャラクターが最初のうちにでてこなくなってしまう展開にどうしても不満を感じてしまいます。
 前作で死んだことになっているキャラがじつは生きていたということになって出てきますが、このシリーズをさらにつづけていくとそういうことの連続になっていきそうです。バットマンのように単発で作るのでないかぎりはもう本当にやめておいたほうがいいと思います。

2006年9月15日

「自炊をしよう!—カンタン、うまいっ、安上がり」

Amazon.co.jp: 祝ひとり暮らし 自炊をしよう!—カンタン、うまいっ、安上がり: 本: 奥薗 寿子 SHIN-ICHIさんのところのブログで以前紹介されていて興味をひかれて購入した本です。

 基本の食材をそれをつかいまわせる料理、さらにはもう少し発展させた、こういうのを作ってみたいよねという料理と、レシピは2部構成。
 基本の調理器具と使い方、食材の下ごしらえの仕方と保存方も紹介されていて、これ一冊でほんと困りません。
 著者ご本人が「ズボラ料理」「ナマクラ流」を自称するだけあって、めんどくさくなくて、後始末もかんたんなアイデアがちりばめられています。
 ポイントの絞り方がいいんですよ。ただのめんどくさがり屋じゃなくて頭がいいんですね。
 いままでてきとうにやってきた調理方法とおなじだけの手間なのに、ちょっとの工夫で、段違いにおいしい料理がつくれます。

 プレゼント用にもいいかもしれません。女の子や、一人暮らしの男にも。料理のお手伝いをはじめた子どもにも。

 料理本というのはサイズが大きいのが多いけど、これは新書サイズなんで置いておくのにじゃまにならないのもいいところです。

"自炊をしよう!—カンタン、うまいっ、安上がり"
奥薗壽子
主婦の友社
1050円
Amazonアソシエイト

任天堂Wii

 任天堂の新ゲーム機Wiiの価格、発売日の発表がありました。
GameWatch「任天堂、Wiiの全貌を公開
GameWatch「Wii用ソフト スクリーンショット集
 ファミコン、スーファミ、MSX、PCエンジンなどの懐かしのゲームができるようになるのがなかなか魅力。持ってるのをそのままじゃなくてダウンロード販売になるそうですが。

 新ゲーム機でいつも思うのは、売りだすゲームにもっと力を注ぐべきじゃないかということ。ハードのメーカーだからゲーム機本体を説明したいのはわかるんだけど、看板となる魅力的なというか誘惑的なゲームをばーんと打ちだしてスタートを切った方がぜったい売れゆきがいいと思うんですよね。機械の性能なんか説明しても大部分のユーザーはわからないし興味わかないでしょう。でも、それをゲームとして見せればわかるんですよね。昔のセガなんかは本体のイメージCM(湯川専務)ばっかり打っていました。あればっかりやっていたのも売れゆきが悪かった原因のひとつだと思ってます。おもしろいCMとしてたのしんでくれはするでしょうけど、買わないでしょう、ゲーム機は。

2006年9月13日

アンダカの怪造学III デンジャラス・アイ

Amazon.co.jp: アンダカの怪造学(3) デンジャラス・アイ: 本: 日日日 3巻、めちゃくちゃおもしろいじゃないですかー。
 おとなしくしていたキャラたちが活動開始。主人公・伊依(いより)の寮のルームメイトでいつも布団をかぶっていて姿をみせない片津理夢(かたつりむ)がついに!(怖すぎ)。キッチーなセリフを披露するだけだった怪造学会執行部(力ずくで問題解決)の爆川嫌凪(はぜかわやなぎ)もついに出番が! 前巻のサブキャラ筆頭、戦橋舞弓(たたかいはしまいゆみ)も消えずにこの巻でも冒頭から活躍!(よかったー)。やる気をみせない天才少女(趣味は死体)魅神香美(みかみかみ)も伊依の中学時代からの親友なはずなのにあまり親友にみえないただの知り合い?みたいな感じだった愛称カービィちゃんもついに伊依に不満をぶつけケンカに。友情は深まってほんとうに親友になれるのか!? そして、あの子も登場します。
 ストーリー的には怪造生物(よびだしたモンスター)とは仲良くしたり頼ったりしてきたものの、なぜか人間の友だちとは距離を置いていた伊依の過去があきらかになり、そこからの展開がメインです。そして波及するのは、伊依は怪造生物を道具としてではなく、ともに仲良く暮らしていくのが理想ですが、しかし怪造生物にはただ人間への不信、敵対以上に、相互理解が不可能なただ、ただ、人間を楽しみとして殺すものがいて、関係することが即、たがいの不幸にしかならないものがいる事実が伊依につきつけられます。伊依の信念を揺るがすような問題です。これは一般に"平和ボケ"(話せばわかる。誰とでも仲良く。9条を守ろう。のひとたち)と呼ばれているひととおなじ問題です。こんなふうにただのエンターテイメントにだって重要な問題意識は存在しているわけですよ。大きな問題にあるようなことが、身近な、小さい、とるにたらない、くだらない物事のなかでもおなじようなつまずきになっているものです。ふしぎと。おなじ人間がやることだからなんでしょうね。余談終わり。

 けっこう今回は大展開なのに、次巻からは新展開だって。楽しみなシリーズです。

"アンダカの怪造学III デンジャラス・アイ"
日日日
角川スニーカー文庫
680円
Amazonアソシエイト

アルコール飲料には発癌性がある、のだが

 Wikipediaで発癌性のページをみると、「WHOの下部機関であるIARC(国際癌研究機関)」の発癌性リスクの一覧のページがリンクされています。そこをみると、アルコール飲料は「グループ1 :人に対して発癌性がある」に載せられています。

 アルコールと発癌性についてネットを検索するとその理由は、アルコールが喉の表面を荒らすからと書かれているものが多く見つかります。それも理由としてあるのでしょうが、じつは体内で分解されるときに発癌性のある物質がつくられています。

 アルコールは体内で「アルコール→アセトアルデヒド→酢酸」の順番で分解されていきます。アセトアルデヒドは二日酔いの原因となっている物質ですが、これに発癌性があります。

 どれくらいの発癌性のリスクがあるのか知りたくてネットを検索してみたのですが、いい情報は得られませんでした。

 そこで、アルコール飲料に発癌性があることを最初に知った本から参考になる数値を載せてみましょう。その本は「環境危機をあおってはいけない」です。以前、紹介したことがあります(→こちら)。ページは378ページから。

 発癌性のリスクを評価する数値は、マウスやラットの実験から算出されます。たとえば、コーヒー一杯を飲むと4.2mgのカフェイン酸を摂取します。成人の平均体重を72キロとすると体重1キロあたり0.1mgのカフェイン酸摂取量になります。ネズミの群れに毎日カフェイン酸を飲ませてその半数がガンになる量は約285mg/kg(これも体重1キロ当たりに換算してある)。そこから一杯のコーヒーは、0.1/285=0.035パーセントの影響をおよぼすと考えます。これは「HERP」(推定ヒト暴露量/ネズミ有効投与量)とよばれます。

 本にも記されていますが、この数値は問題があって、ネズミの発癌性リスクをそのまま人間にあてはめていることと、毒物には閾値(しきいち)というものがあって少量ではまったくなんの害をおよぼさない量というのが存在しています(Wikipedia:毒性学:毒性学の基本概念)。がんがんに物質を投与されたネズミと、少量摂取する人間とでは発癌性は変わってきます。摂取量が少ないものほど過剰なリスク値が算出されます。

 さて、アルコール飲料のHERPリスクですが、アメリカ人は平均してアルコールを一日ビール1.7本分相当飲んでいます。それはHERPリスク3.6パーセントとなります。コーヒーの36倍です。

 ちなみに、この本のこのページは、農薬の発癌性リスクについての内容です。いちばん発癌性がつよいETU(エチレンチオ尿素)でも0.002パーセント。日本で有名どころの発癌性のある農薬DDTも0.002パーセントです。ふつうにレタスを食べても0.04パーセント、リンゴだと0.02パーセント。農薬の発癌性リスクはじつはこんなに低いんだよ、という内容になっています。

 さてさて、アルコールのHERPリスク3.6パーセントって、実際にはどれくらいのリスクなんでしょう。
 その答えはどこにも書いてありませんでしたが、参考になることはあります。
 コーヒーの発癌性は人間においては「膀胱ガンを引き起こすという可能性は排除できない」そうなのですが、しかし「臨床的には大したことはない」のだそうです。臨床的というのは意味がわかりにくいですが、実際的という意味です。理論的には否定できないが、実際は大したことがない、ということです。

 さて、どう考えましょう。お酒はもう飲まない? それとも、大したことはない?

2006年9月11日

デカローグ第6話「ある愛に関する物語」

Amazon.co.jp: デカローグ DVD-BOX (5枚組): DVD: クシシュトフ・キェシロフスキ,クリスティナ・ヤンダ,ダニエル・オルブリフスキ,グラジナ・シャポウォフスカ 第5話の「ある殺人に関する物語」が再編集されて「ある殺人に関する短いフィルム」という劇場用作品になったのと同じく、この「ある愛に関する物語」も「ある愛に関するフィルム」という劇場用作品になっています。(大まかなストーリーは劇場用の「ある愛に関するフィルム」の紹介記事を参考にしてください)。

 上映時間は58分から87分になっています。ディテールがより具体的に細かくなっています。印象が違ってみえる変更点は終盤です。場面が大きく変わっています。劇場用のほうは青年と女性は実際に言葉を交わすことはありませんが、ドラマであるデカローグのほうではそれがあります。そして、女がふられる形の皮肉な終わり方になっています。劇場用ではふたりの結末はつけられていません。皮肉を排除することでふたりの短い交流がふたりをどう変えるのかに視点がむけられるようになりました。ドラマ、劇場用のどちらにしても、ふたりの恋はこれで終わってしまうのでしょうが、劇場用の結末の方がわたしは好きです。

 また、青年が部屋を借りている友だちの母親と女性の会話があるのですが、デカローグのドラマのほうは友だちの母親のエゴが強くだしたセリフですが、劇場用はエゴをかなり後退させたひかえめなものに変更されています。ドラマでのこのシーンは友だちの母親が女性を拒絶する印象があり、ドラマの結末の青年からの拒絶のイメージを高める相乗効果が得られていました。劇場用ではその必要はなくなりますが、ここのセリフは、青年と友だち、その母の関係が一瞬で理解できるものだったので、あえて省く必要はないと思うのですが、主人公のふたりに焦点をしぼることを優先させての変更なのでしょう。

"デカローグ DVD-BOX (5枚組)"
監督 クシシュトフ・キェシロフスキ
19950円
Amazonアソシエイト

愛に関する短いフィルム

Amazon.co.jp: 愛に関する短いフィルム: DVD: クシシュトフ・キェシロフスキ,グラジナ・シャポウォフスカ むかいの建物に住んでいる画家の女を望遠鏡でのぞく青年と、のぞかれている女。あることがきっかけで青年はのぞいていたことを女に告白することになる。女は当然、怒るが、自分のことを好きだというその青年に少し興味もでてくる。彼がぜんぜん子供で、自分を愛しているというがそんな気持ちは偽物だと思っているが。そして、彼をからかい、愛の正体を彼に見せようとする。彼女がしがみついている愛。孤独をうめるために情事を重ねていた彼女が愛だと思っていたものを。

 立場が逆転するかのような終盤がとてもおもしろく、この展開がなければ、映画は、いくつかの教養をしめしていただけの、つまらない作品に終わっていたことでしょう。

 DVDの解説に、監督の言葉があり、「二人の想いが成就するしないは大した問題ではない。重要なのは二人の成長なのだ」と語っていたそうですが、たしかに、どちらともが、うまくいかない愛を抱えていて(それは愛じゃないかもしれないが)、短い交流で、得たものは大きかったことは感じられます。
 ラブロマンスではないけれど、男と女の愛の映画です。

"愛に関する短いフィルム"
監督 クシシュトフ・キェシロフスキ
出演 オラフ・ルバシェンコ、グラジナ・シャポウォフスカ、ステファニア・イヴィンスカ ほか
3990円
Amazonアソシエイト

2006年9月10日

マイアミ・バイス

 「マイアミ・バイス」をみてきました。

 もともとはテレビドラマで日本でも放映されていました。麻薬の売人などになりすまして犯罪組織に深く入りこんで捜査する刑事たちの活躍を描いています。派手なスポーツカー、(いままでみたこともなかった)スピードのでるボート、大きな家、ショービジネス、コールガール、麻薬組織、金、貧困、銃、暴力、殺人、破滅、ギラギラと輝く脂ぎったアメリカを、毎回、クールな映像でみせてくれていました。

 監督のマイケル・マンは製作総指揮でドラマに参加していたこともあって、キャストもスタッフもまったくちがうであろうこの映画に、ドラマの持っていた雰囲気をうまくよみがえらせてくれています。

 銃撃などのアクションは、あるぞあるぞとたっぷり盛りあげたすえに行くものから、いきなりのものまで、存分に楽しませてくれます。(銃のあつかいはドラマの「マイアミ・バイス」の特徴でもあります。そう思うのはもしかすると日本のファンだけかもしれませんが、日本の刑事ドラマの銃の使い方って西部劇くずれといってもいいものが多かったんですが、ドラマの「マイアミ・バイス」は家に踏み込み時のうごきからまったくちがっていました。壁際を動いていってチャッチャッチャッと死角をチェックしていく。のちのち士郎正宗のマンガなどに見られるようになる捜査官のリアルな銃のあつかいがそこにはありました)。

 そして、敵との手の読みあい。映画でも、ふたりをいつまでもうたぐってかかる人物がでてきます。おなじ裏家業の人間だよといつわって敵のふところまで入っていくのが潜入捜査ですから、ばれたらいいように殺されてしまいます。命がけです。
 犯罪者も犯罪者で、幸せは、一時的な享楽。いつどうなるかわかりません。上にはいあがろうとしてドボドボ落ちていく姿は、よくいえばこんなふうになってはいけないよという教育的な表現といえるのでしょうが、なんだかそう取って付けたようなことはいいたくないなー。この浅ましさに人間の情熱を見てしまいます。

2006年9月 8日

ブックストア —ニューヨークで最も愛された書店

Amazon.co.jp: ブックストア—ニューヨークで最も愛された書店: 本: リン ティルマン,Lynne Tillman,宮家 あゆみ 読書家をよろこばせるめずらしい本をとりそろえ、作者による朗読の会をひらくという、夢のような書店ブックス・アンド・カンパニー(Books & Co.)の始まりから終わりまでの20年間を、オーナーであるジャネット・ワトソンの回想を中心に、たくさんの人びとのコメントを交えて再現しています。

 ジャネット・ワトソンはお金持ちの家(IBMの初代社長が祖父で、父がその後継者)に生まれ、その財力がなければ、この書店は一瞬で吹っ飛んでいたでしょう。なんとか経営が成り立つような見通しが立ちますが、建物を自分の物にせず賃貸契約していたため、値上がりする家賃に堪えきれず閉店となります。閉店に際しては建物の所有者である近隣の美術館とのトラブル(支援してくれる約束だった、いや約束はしてないなど)がスキャンダルとなります。ごたごたは悲しいけれど、騒ぎになってしまったんだから、しかも美術館が一方的に悪者になってしまったから、実際はこうだったということもちゃんと書くことにしたのでしょう。

 書店業界および出版業界というのはもともとさして儲からないもののようで、その当時、マンモス級の巨大書店がチェーン展開し始め、そこはディスカウント(値引き)もしているので、独立系といわれる小型書店はなかなかうまくいかない状況ではあったようです。

 たしかに、特殊で趣味のいい本を厳選してとりそろえてある書店もいいですが、やたらめったら本がたくさんある書店というのも魅力がありますよね。これは書店だけの問題ではなく、日本でもよくきく、町の商店街と大型のショッピングセンターの関係とおなじものでもあります。大型店はたくさん売れる物がどうしても中心になってしまうので、手薄になってしまう部分ができてきます。たくさんは売れないけど、少数でも確実に売れるものをあつかっていけば小型店でも生き残ってはいけます。あるいは特殊な場所としての存在を確立することでも(映画館とDVD・レンタル・テレビの関係のような)。それでも、もちろん、荒波にはもまれますが。

 しかし、この書店、ほんとうにいいですよねー。うらやましい。作者との交流ってネットでちょっとあるくらいですよね。それが書店であるというのは本当は理想なような気もします。サイン会をする書店はありますが、書店がひとつのコミュニティにまで発展するというのは、あまり想像がつきません。マンガで同人誌は即売会などでちょっとはそんな感じにもなるのかなとも思いますが実際は知らないのでどうなんでしょう。

"ブックストア—ニューヨークで最も愛された書店"
リン・ティルマン
晶文社
2625円
Amazonアソシエイト

2006年9月 7日

日本古典文学幻想コレクション3 怪談

Amazon.co.jp: 怪談: 本: 須永 朝彦 江戸時代の怪談物の短篇からの選りすぐりを、古典の香りを強くのこしたかたちで訳出したアンソロジーです。すべて原典が一般に刊行されており、古典を実際に読むきっかけになるようにもなっています。

 巻頭には「牡丹灯籠」。美しい女性があらわれ、心奪われ関係を持つが、じつは女は幽霊で命を落としかけるという日本の幽霊譚の典型なのですが、もともとは明代の中国小説の傑作がもとになっているそうです。この時代もまだオリジナルよりはパクり(翻案という)が主流です。
 さて、この「牡丹灯籠」、主人公は妻と死別して、いつまでも亡き妻に思いをかけていたはずなのですが、絶世の美女があらわれると、あらあら、すぐに魅入られてしまいます。心の隙をつかれているのか、情けないのか、微妙なところ。そういうときに優しくしてくれる女性に知らず知らず傾いてしまうということでしょうか。
 この女性の幽霊話、塚本晋也監督の映画「ヴィタール」におなじ匂いを感じました。亡くなった恋人が自分の解剖実習の献体としてあらわれ、そして彼女の夢を毎夜見るというお話で、解剖を愛の行為の延長としてとらえているのですが、シチュエーションが古典の幽霊譚を想わせます。興味ある方はぜひ映画もごらんになってください。

 それから、牡丹灯籠とおなじ「伽婢子」から「人面瘡」。傷跡やできものが人の顔のようになってきてやがて喋りだすという有名なお話です。これも中国のものが元ネタ(粉本という)だそうです。

 男女ばかりではなく、衆道趣味のお話も数多くあり、美少年に恋した男が思いを遂げられずに死亡。怨念は化け物となって少年をとり殺す。好きが高じると憎しみになるわけです。

 井原西鶴は皮肉な幽霊話を書いています。「腰抜け幽霊」と題されるお話で、結末で、今時のひとは気力に欠けるので幽霊になっても力がない、といっておられます。

 曲亭馬琴、鶴屋南北、三遊亭圓朝などにより何度も語りなおされてきた"累(かさね)"の物語。累の怪談の実録風記述の初期のものとして「新著聞集」から「累の怨霊」がおさめられていますが、これはやはりすさまじいお話ですね。ざっとしたあらすじは、累という女が醜いうえに心根も悪いために旦那に川に沈められ殺される。その怨念が旦那の後妻と子どもに祟る。偉い坊さんになんとか静めてもらうが、しばらくして再燃。おなじ坊さんに調べもらうと実はこの累(かさね)の祟りのまえに、もうひとつ陰惨な殺人があって累(かさね)の兄が子どものころに彼女が沈められた川で母親に殺されていたことがわかる、という二重の怨念にぐったりさせられる物語です。
 祟っているはずの霊の他にもうひとり霊がいるっていうのはここ最近テレビの霊能者がよくやっていましたが、この累の物語がネタなのかもしれません。

 幽霊話ではありますが、怖い話ではないので、人間の心理に興味があれば楽しめると思います。また、冒頭にあるように古典に興味があるけどむずかしくて入りづらいというひとにもおすすめです。

"日本古典文学幻想コレクション3 怪談"
須永朝彦 編訳
国書刊行会
2854円
Amazonアソシエイト

2006年9月 6日

秋篠宮紀子妃殿下 男児ご出産おめでとうございます

 親王ご誕生おめでとうございます。

 母子ともにご健康とのこと安心いたしました。

2006年9月 5日

"いなたい"ってなに?

 Groove Lineを車で聴いていると、ピストンさんが「ずいぶん、いなたい質問ですねー」といっていました。そのいなたい質問というのは「無人島になにかひとつだけ持って行けるとしたらなにをもっていきますか?」というもの。甲本ヒロトさんがそうきかれて「勇気」と答えたそうです、が、これも三択クイズの設問のひとつなので正しいかどうかはわかりません(正しいそうです)。

 "いなたい"ってなんだろう。ピストンさんはときどきいうよなーと思って、帰ってきてから、ATOKの辞書で調べてみるも該当なし。ネットで検索してみると、「先見日記」いとうせいこうさんの6/27のコラム「ちりぬる音座録」という田中啓文さんの音楽コラムでとりあげられていました。
 ニュアンスが伝わりにくい言葉のようで、関西のミュージシャンがよくつかうようです。でも関西弁にはない言葉。どうやら、「ベタな」という感覚が近い表現のようです。ただし、褒め言葉としてのニュアンスがあります。
 泥臭さ、田舎くささ。そういうのものの良さを取りあげているわけです。
 いとうせいこうさんのコラムでは、オシャレなものたくさんあるとか、クールな建物が建っているとかが都会なのではなく、あらゆる土地の人間が入りこんでくるその混沌としたパワーこそが都会であるといっておられます。ただオシャレ、クールなほうがど田舎。

 冒頭でピストンさんが使っている「いなたい」は、褒め言葉をつかってちょっとばかにしている(からかっている)感じでしょう。

2006年9月 4日

デカローグ第5話「ある殺人に関する物語」

Amazon.co.jp: デカローグ DVD-BOX (5枚組): DVD: クシシュトフ・キェシロフスキ,クリスティナ・ヤンダ,ダニエル・オルブリフスキ,グラジナ・シャポウォフスカ デカローグは、モーセの十戒の言葉を毎回のテーマとした10話構成のテレビドラマです。

 5話目は再編集され劇場作品「ある殺人に関する短いフィルム」になっています。

 テレビ版と劇場版の違いは、劇場版には、念願の弁護士になれた男がバイクにのって恋人に会いにいくシーン、ひとを殺した青年がうばった車で女の子に会いにいくシーンが追加され、弁護士のセリフに変化があり、止めた車の中で弁護士が慟哭するラストも、テレビ版では怒りを表していましたが劇場版では放心状態で涙をながしている映像に変更されています。
  そのほか全体的に場面場面も長くなっていますが、トイレのシーンの最後が早めに切り上げられていたりテレビ版にあっても劇場版ではなくなっている映像もあります。

 弁護士の場面の変更がテレビ版と劇場版の印象を大きく変えています。
 テレビ版の弁護士は、犯罪の抑止力としての死刑に反対を強く表明しており、初めて担当する事件の被告人が死刑となってそれに対してラストで怒りをあらわにしていますが、劇場版ではそれがなくなっています。
 「死刑も殺人もひとを殺すということではおなじではないか、どんな理由があっても殺人はいけないというのなら死刑もいけないはずだ」という見方だけでこの映画を観てもらいたくはないということなのでしょう。

"デカローグ DVD-BOX (5枚組)"
監督 クシシュトフ・キェシロフスキ
19950円
Amazonアソシエイト

2006年9月 3日

殺人に関する短いフィルム

Amazon.co.jp: 殺人に関する短いフィルム: DVD: クシシュトフ・キェシロフスキ,ミロスワフ・バカ ひとを殺すことは計画していたが、相手はたまたま。タクシー運転手を殺した青年と、弁護士になって初めての事件の被告が死刑になったことに動揺する弁護士の物語です。

 強くテーマを押しださないため、「なにをいいたいのかよくわからない」という感想を述べられるような方には向いていない映画です。
 それはおそらく、(テーマとして)"モラルに興味がない"と発言していた監督の特徴でしょう。モラルか反モラルかどちらかを打ちださないと、だれもなにもわかってくれません。

 映像は四隅が暗く、色も黄いろと緑が強調されています。
 なにかを暗示するような不思議な人物がちょっと登場するのも特徴です。

 この映画の元となっているのは10話構成の「デカローグ」というテレビシリーズです。これは第5話になります。自分はこのDVDをたまたま手にしたのがキェシロフスキを知ったきっかけでした。このあと、デカローグ版のほうを見なおそうと思います。映画の長さは85分、ドラマは57分です。

"殺人に関する短いフィルム"
監督 クシシュトフ・キェシロフスキ
出演 ミロスワフ・バカ、クシシュトフ・グロビシュ、ヤン・テサシュ ほか
3990円
Amazonアソシエイト

グエムル 漢江(ハンガン)の怪物

guemuru.jpg きのう、「グエムル 漢江(ハンガン)の怪物」を観てきました。

 廃棄した薬品が下水から漢江に流れ、数年後に奇形した生物が怪物(グエムル)となって現れます。

 怪物がはじめてはっきり姿をあらわし、人々を追いかけまわすシーンがとてもよかったです。
 怪物が正体をあらわすときはがっかり"させられてしまうのがつねで、それは怪物の影や画面をよぎる一部分などから想像をたくましく、ものすごい姿を思い描いていて、その幻想が壊されてしまうからです。
 この映画でも、その姿をみて、けっこうちゃちぃと思うのですが、その後のうごきがよく、"がっかり"をカバーしてくれます。

 怪物は食べきれなかった人間をとっておくんでしょうか。いったん飲みこまれたものの死なずにいた少女ヒョンソはつながりにくい携帯でやっとのこと父親に自分が生きていることをつたえます。このお父さんは親の売店を手伝っているだけ、それも居眠りばかりしている店番で、だめだめな男なんですが、娘のためには一生懸命になります。しかし、怪物は突然変異で、ウィルスを持っているということになったので、現場にいた人間はみな、病院に隔離されています。このお父さんの家族、父親(ヒョンソの祖父)、弟、妹とともに病院を脱出し、ヒョンソ救出へとむかいます。

 コントのようなやりとりで笑いをさそう家族なんですが、それだけにシリアスな場面はきついです。

 この家族、弟は大学卒のフリーター、大学時代は軍事政権にたいする民主化のデモばかりやっていたようです。韓国の現在を反映した人物設定です。
 そのほか、医者のトップはアメリカ人でだれも頭があがらなかったり、韓国政府が事態の収拾に手間取ると当然のように駐留米軍が指揮をとったりと、韓国の現状をきっちりと映画にとりこんでいるようです。
 とくに社会派のテーマを選んで真正面にがつがつ批判する映画にしなくても、作り手がふだん接している物事や意識していることは、(嫌でも)自然と作品に反映されます。
 とはいえ、怪獣映画というのは伝統的にばりばりな社会派ですけれども。

2006年9月 2日

ナショナル掃除機MC-P600JX

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 掃除機を買い換えました。
 仕事で使うのはサイクロンにしましたが、家庭用は掃除機にたまったゴミ処理がめんどくさいし、仕事のと違って乾燥した粉塵ばかりを吸うわけでもないので、紙パックをを選びました。
 ほんと、サイクロンの掃除はめんどくさいですよ。

 このナショナルのMC-P600JXは、ダストセンサー付。ほこりを吸いこむと、
mc-p600jx-3.jpg
 ピカーッと赤くランプが点ります。
 このおかげで掃除がたのしくなりました。
 花粉やダニの糞まで反応するそうです。この過敏さは、ふとんノズルをつかったときに効果を発揮します。花粉症のひとがふとんを干した後の処理に重宝すると思います。
 センサーはパイプの本体にさしこむ部分についているため、反応に若干の遅延があるようにも感じられます。そのままほっといてもしばらく光っているときがあります。

 そのほか、親子ノズルになっていたり(下図)、持ち手が操作しやすかったりと、その他にもいいところがあり、おすすめできる掃除機です。
mc-p600jx-4.jpg

 すきまノズルって昔からぜんぜん変わってないんですね。あの刀みたいのを先っぽに差し替えるだけ。新しい技術は導入されないんでしょうか。これだけシンプルに便利にできているんだから無駄に手をくわえない方がいいのかもしれませんが。

 ナショナルのMC-P600JXの商品ページはこちらです。
 なお、今月、もう、後継機種がでているはずです(こちら)。

2006年9月 1日

映画館での携帯電話

 ケータイの画面、けっこうまぶしいんです。