日本古典文学幻想コレクション3 怪談
江戸時代の怪談物の短篇からの選りすぐりを、古典の香りを強くのこしたかたちで訳出したアンソロジーです。すべて原典が一般に刊行されており、古典を実際に読むきっかけになるようにもなっています。
巻頭には「牡丹灯籠」。美しい女性があらわれ、心奪われ関係を持つが、じつは女は幽霊で命を落としかけるという日本の幽霊譚の典型なのですが、もともとは明代の中国小説の傑作がもとになっているそうです。この時代もまだオリジナルよりはパクり(翻案という)が主流です。
さて、この「牡丹灯籠」、主人公は妻と死別して、いつまでも亡き妻に思いをかけていたはずなのですが、絶世の美女があらわれると、あらあら、すぐに魅入られてしまいます。心の隙をつかれているのか、情けないのか、微妙なところ。そういうときに優しくしてくれる女性に知らず知らず傾いてしまうということでしょうか。
この女性の幽霊話、塚本晋也監督の映画「ヴィタール」におなじ匂いを感じました。亡くなった恋人が自分の解剖実習の献体としてあらわれ、そして彼女の夢を毎夜見るというお話で、解剖を愛の行為の延長としてとらえているのですが、シチュエーションが古典の幽霊譚を想わせます。興味ある方はぜひ映画もごらんになってください。
それから、牡丹灯籠とおなじ「伽婢子」から「人面瘡」。傷跡やできものが人の顔のようになってきてやがて喋りだすという有名なお話です。これも中国のものが元ネタ(粉本という)だそうです。
男女ばかりではなく、衆道趣味のお話も数多くあり、美少年に恋した男が思いを遂げられずに死亡。怨念は化け物となって少年をとり殺す。好きが高じると憎しみになるわけです。
井原西鶴は皮肉な幽霊話を書いています。「腰抜け幽霊」と題されるお話で、結末で、今時のひとは気力に欠けるので幽霊になっても力がない、といっておられます。
曲亭馬琴、鶴屋南北、三遊亭圓朝などにより何度も語りなおされてきた"累(かさね)"の物語。累の怪談の実録風記述の初期のものとして「新著聞集」から「累の怨霊」がおさめられていますが、これはやはりすさまじいお話ですね。ざっとしたあらすじは、累という女が醜いうえに心根も悪いために旦那に川に沈められ殺される。その怨念が旦那の後妻と子どもに祟る。偉い坊さんになんとか静めてもらうが、しばらくして再燃。おなじ坊さんに調べもらうと実はこの累(かさね)の祟りのまえに、もうひとつ陰惨な殺人があって累(かさね)の兄が子どものころに彼女が沈められた川で母親に殺されていたことがわかる、という二重の怨念にぐったりさせられる物語です。
祟っているはずの霊の他にもうひとり霊がいるっていうのはここ最近テレビの霊能者がよくやっていましたが、この累の物語がネタなのかもしれません。
幽霊話ではありますが、怖い話ではないので、人間の心理に興味があれば楽しめると思います。また、冒頭にあるように古典に興味があるけどむずかしくて入りづらいというひとにもおすすめです。



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