「われ巣鴨に出頭せず--近衛文麿と天皇」
いままで見えなかった昭和史----先の戦争を、戦争以外の方法で解決しようとしていた人々がいたことがよくわかります。
近衛文麿は、アメリカとの戦争が始まる前まで首相であった人物です。中国大陸での戦線不拡大を模索、外交によってアメリカとの問題解決を計ろうとするが、自体はそれを上回るスピードで進行していきました。
中国大陸での戦争は拡大しない、早急に和平に努める(平和主義というよりは、ソ連の領土拡大を脅威とみなしていた)、アメリカと戦争になったら負ける、と考えているほうが、日本の上層部では多数をしめていたのにもかかわらず、それとは逆の方向へ進んでいきます。
われわれがイメージする旧日本軍の姿、天皇を頂点にした国家をめざす右翼的な思想をもった陸軍のグループ「皇道派」が、戦争の不拡大を支持していて、どうにか和平に努めようと行動していた人物で、本来ならそのような右翼思想とは相容れないはずの自由主義者である吉田茂と協力するようにもなったという皮肉なねじれがあったこともわかります。
また、自分は昭和天皇は戦争責任を回避したと思っていて、昭和天皇を描いた映画「太陽」の感想でもそう書きましたが、実際はそうではなかったようです。
開戦に極めて批判的であったし、自分が責任をとれないかと側近にも提案しています。
臣下を大切にしていて、A級戦犯が合祀(ごうし)されているから靖国の参拝をやめた、というのは、この本に書かれている発言をみるかぎりではありえなさそうです。
戦前より、イギリス式の立憲君主をめざしていて、政治には口出ししない、決められたことは拒否しないよう努めていました。いまの象徴天皇となんら変わりありません。変わったのは、われわれの方です。
昭和天皇に戦争責任を問うとするなら、専制君主として振る舞わなかったことにあるのでしょう。
天皇制というのはやはり左翼の用語にすぎません。そんなふうには天皇は存在していませんでした。
これまで戦前、戦時中のことはひたすら隠され、戦争反対の思想ばかりを植えつけられてきました。暗黒と悪ばかり描かれ、なにが本当にあったのかは知らされてきませんでした。
なんという時代でしょう。
戦時中は、大本営発表というウソが教えられて、戦後になったら、立場だけが変わり、おなじことをしているのです。
やっとそれも終わります。
右傾化が進んでいると揶揄されるけど、ちがうよね。本当のことが知りたいだけだよね。



コメント
そうですね。
自分も同じです。
大政翼賛会を作ったとしか知りませんでした (ノω=;)。。。
Posted by しまくま at 2007年1月17日 00:47
TBさせていただきました。
近衛のイメージが180度変わりました。
今まで、単純に悪い印象を持っていました。
何も知らずに・・・・。
Posted by タウム at 2007年1月12日 23:04
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