徳富蘇峰 終戦後日記
いわゆる"右より"の思想家が戦時中の日本を批判した書物です。晩年に回顧録の形で口述筆記させたものです。
徳富蘇峰(Wikipedia:徳富蘇峰)は、皇室中心主義の思想家で、本のなかでたびたび語られていますが、もともとは平民主義で歴史を研究した末に皇室を中心にした体制が一番よいと考えるようになったそうです。また貴族主義は批判しており、天皇の下での人民の平等をうったえています。
本のはじめ部分は、終戦直後の当時の情勢を批判したもので、皇室中心主義の立場が強く打ち出されていて、その勢いはさすがに鼻白むほどで、立場がことなるとやれやれと読む気をなくしてしまうと思うのですが、だんだんと批判が思想的なものから具体的になってくるので、多少がまんしていただきたいところです。
批判のいくつかを見ていきましょう。
まずは天皇批判です。現在ふつうにいわれている天皇の戦争責任問題とはちがって、天皇が戦争に関わらないようにしていたことが批判されています。当時の昭和天皇は、国民が決めたことにNoとはいわない、政治指導もしないという、イギリス式の立憲君主制の立場をつらぬいてきました。いまの象徴天皇とほとんど変わらない態度をとっていたんですね。指導力を発揮していてくれてら、事態はこんなにはならなかっただろう、というわけです。天皇の戦争責任というのは、じつは皮肉にも、天皇が専制君主でなかったことにつながるんですね。
つぎは物資の不足問題。武器を作るための金属がたりないなどといって家にある鉄製品が持っていかれたという話はよくきくんですが、これもまた私たちが思うような困窮の状態とはちがっていたようなんです。集められた鉄製品は集められただけでほとんどのものが使われず放置されたいたのだそうです。また銃弾の規格が途中で変わり、材料はあっても生産が間に合わず、古い弾はたくさんあまっているのにぜんぜん使えずという、笑い話のような事実も明らかにされます。食うにも困っていた国民が大半だったのに、軍には豊富に物があました。それ自体はまあ、しょうがないところもあります。戦っているひとに不自由させたくないじゃないですか。しかし、その後がだめで、戦後、その物資を軍で山分け、あるいはひとりじめしたりしたりして、家に戻ってくる兵士がすごい大量のおみやげを持って帰ってくるので、つらいのをがんばって戦ってくれているんだと信じていた兵士に当時の人たちはかなりの幻滅を抱いたようです。
こう読んでいくと、当時の情勢を知らずに、戦前の日本を批判してきていたんだなあと思います。ほんと、何を批判していたんでしょう。かつての自分を笑ってしまいます。



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