2007年3月31日

風狂始末

Amazon.co.jp: 完本 風狂始末—芭蕉連句評釈: 本: 安東 次男 松尾芭蕉の連句の注釈集です。
 連句というのは、何人かで集まって、かわりばんこに句をつくっていくものです。五七五の句と七七の句をくり返し、三十六句あわせて、ひとつの作品とします。一句一句は無関係なものではなく、前の句とあわせて、ひとつの情景や物語が浮かんでくるようにつくっていきます。

 古い時代の文学は、それ以前の文学をよく下敷につかいます。いまの時代なら、シチュエーションに応じて、アニメのセリフがぱっと思い浮かぶような感じです。芭蕉が風景をながめるときは、いろいろな古典文学をも同時に見ているわけです。だから、芭蕉の句を味わうためには、その下敷きとなった文学について知っていなければいけません。でも、そう簡単に古典文学に精通するというわけにはいきませんから、注釈集が役に立ってくるわけです。

 安東次男さんの注釈は、下敷きとなった古典、どういう状況で連句が開かれそれが句にどう影響しているのか、そして連句ならではの句の構造を解説してくれます。

 また、それまでいろいろな人たちが書いてきたほかの注釈の批判ものせられています。昔の人は句の情景を勝手に想像し、それを句の解釈としていたりしてたんですね。またそれがけっこう通説になっていたりもするようです。本などを読んでいろいろ想像するのは自由だし、むしろそうすべきなんですが、ひとりの想像を万人の意見にしようとするのはいけません。

 連句よりも、芭蕉単独の句の方がおもしろいんじゃないかと最初思っていたんですが、連句というのは、ひとつひとつの句がつながっていくために独特のおもしろさがでてきますね。協力でもあり、バトルでもある。前の句をより引き立てればそれは手柄であるし、つぎの句のための準備あるいは誘いをかけるのも腕のみせどころです。

 国語の教科書にも連句がのっていたと思うんだけど、このおもしろさを教えてくれる先生はいなかったなー。これもまた、学校では教えてくれないこと、なんですね。

"完本 風狂始末——芭蕉連句評釈"
安東次男
ちくま学芸文庫
1785円
Amazonアソシエイト

2007年3月29日

ホリデイ

stub-holiday.jpg 都合のいい女になっていたのは充分わかっていたけれど、それでも男のことを信じていたアイリス(ケイト・ウィンスレット)は、クリスマス直前、とどめとばかりに彼が別の女と結婚することを聞かされ、絶望のどん底に突き落とされます。時を同じくして、アマンダ(キャメロン・ディアス)は、浮気をした旦那にぶち切れていました。いやな気分を吹き飛ばしたいアマンダはここじゃないどこか遠くで年末の休暇をすごそうと思い、ホーム・エクスチェンジ----お互いに家を貸しあって旅の宿泊先にするシステムを利用、アイリスの家を見つけました。そこでの新しい出会いを描いたラブ・ストーリーです。

 最初の方は、ふつう、って感じなんですが、中盤からものすごくおもしろくなっていきます。恋愛がうまくいかなくてちょっと屈折した登場人物ですから、恋はしたいけどしたくない、やっぱり同じように失敗して傷つくのはわかっているとあきらめ半分なんですね。ぎくしゃくとしたところがよいスパイスになっています。
 笑いのシーンもたっぷりあり、新しい出会いのドラマがまたうまく、たっぷり盛りあげてくれます。かなりおすすめできる映画です。

 ケイト・ウィンスレットがすごく好きになりました。いいですねー。「タイタニック」のヒロインを演じたひとです。それは見ていないんですが、「エターナル・サンシャイン」という映画で、うわ、と思い、今回もすっかり魅了されてしまいました。(「エターナル・サンシャイン」については、ここここに書いています)。

2007年3月18日

デジャヴ

 フェリーの爆破テロを調査することになったATF(アルコールたばこ火器取締局)の捜査官ダグ(デイゼル・ワシントン)は、川岸に打ち上げられた死体のうち、事件の2時間前に殺されていた女性がいることを知ります。クレアというこの女性(ポーラ・パットン)が事件を解くの鍵となることを直感したダグは調べ初めてすぐに、それ以上のなにか不思議な因縁を彼女に感じます。FBIを中心とする事件の同捜査本部に呼ばれたダグは、政府の秘密機関の装置にアクセスすることが許されます。それは過去の映像を映しだす装置でした。そこに映しだされるクレア。ダグは死んでしまったクレアを助けることができるのでしょうか。

 この過去の映像をうつしだす装置が、ストーリーをうごかしていきます。映像はちょうど4日と6時間前のもの。どんなアングルも可能。家の中まで入っていけます。ただし、巻き戻しは効かず、一回だけしか見られません。見られる範囲は決まっていて、それ以上は、別の装置をそこまで持っていかなければいけません。
 この映像は、複数の人工衛星からの各種データをコンピュータで再構成したものだということ。再構成に4日と6時間かかり、巻き戻しがきかないのは、映像をぜんぶ保存しておくだけの記録媒体がないからだそうです。いま見ている分だけは別途、録画することができます。
 ちょっと無理矢理な設定ですが、この装置はじつは、というもうひとつの設定があります。装置の本当の正体がわかってから、本格的にストーリーが回りはじめるのです。

 設定を二段置くというのはストーリーテリングの技術です。本当の設定を受け入れてもらうために、ニセの設定をあらかじめ用意しておきます。推理小説で、真相があきらかになる前に、いくつもべつの推理が語られるのとおなじです。ちょっと無理だなーと思うところを納得させる別の説明をだして、本当に納得させたい説明をスムーズに受け入れてもらえるようにするんですね。

 さて、この映画の監督のトニー・スコットは、オシャレ映像が特徴なのですが、もうひとつ重要な特徴があって、それは映画全体の緊迫感です。張りつめた糸を途切れさせません。この映画でも、その緊迫感が生かされています。単純なストーリーだとその緊迫感が勇み足になってずっこけた印象をあたえることもあるんですが、今回はやや複雑な筋立てとちょいと屈折したラストによってバランスがとれています。

2007年3月12日

ギロチンマシン中村奈々子 〈義務教育編〉

Amazon.co.jp: ギロチンマシン中村奈々子—義務教育編: 本: 日日日 SFのなかで延々と議論されてきた「人間とロボットの違い」。なぜだかだれにも気づかれることがなかったひとつの答えがここで語られます。口の悪い少女のセリフとして、あっさりと。

 物語の舞台は、人間とロボットが生き残りをかけた最終戦争をおこなっている近未来の世界。主人公の"僕"は、すべてのロボットの始祖である"チェシャ・キャット"を倒す任務をおびて飛行機で移動中だった。しかし、飛行機は墜落する。"僕"は人間そっくりのロボットとまちがえられ、ロボットが人間のように暮らしている学園で学生生活を始めることになってしまう。

 そんなことで、学園物のラブコメの雰囲気で物語はスタートします。ロボットの学園の中での対立、学園に反旗を翻す"生徒会"の存在とその生徒会のかつてのリーダー"赤ずきん"。生徒会に属して反抗するロボットを破壊する、学園最強の処刑人"中村奈々子"。やがて、この学園の存在理由と、ロボットと人間の戦争を仕組んだ計画が、大きな謎として浮かびあがってきます。

"ギロチンマシン中村奈々子 〈義務教育編〉"
日日日
徳間デュアル文庫
680円
Amazonアソシエイト

2007年3月 4日

パフューム ある人殺しの物語

 すぐれた嗅覚をもって生まれてきたお兄さんが、自分の大好きな匂いのためにどんなことでもやっていく映画です。
 おしゃれ映画だと思って見にいって、主人公の異様さに気分が悪くなったひともいたのではないかと思います。
 特別に怖かったり、目を背けたくなるようなグロテスクな場面はほとんどありませんが、「うわ、このひと、やばい」と気づいたときにわきあがる恐怖心を何度も感じさせられました。

 映像は、匂いの描写というよりは、視覚的にフェティッシュなものです。臭いそうなものを至近距離で見せてくれますが、だからといって臭う気分にはさせられませんでした。しかし、それが臭いの演出だと思わなければ、かなりたのしめるんですね。アダルトビデオとはちがうヌードはすばらしく官能的です。通常のセックスとはちがう部分をくすぐられます。

 ラスト近く、この映画のクライマックスに、広場にいる無数の人たちがくんずほぐれつするするシーンがあります。大袈裟で、とってつけたような場面だなと思っていたのですが、あとで雑誌のレビュー記事を読んだら、この場面があってこそ、この場面のために作られた映画と書いてありました。でも、自分は、このシーンより、ここにいたるまでの話のほうがはるかにおもしろかったです。