風狂始末
松尾芭蕉の連句の注釈集です。
連句というのは、何人かで集まって、かわりばんこに句をつくっていくものです。五七五の句と七七の句をくり返し、三十六句あわせて、ひとつの作品とします。一句一句は無関係なものではなく、前の句とあわせて、ひとつの情景や物語が浮かんでくるようにつくっていきます。
古い時代の文学は、それ以前の文学をよく下敷につかいます。いまの時代なら、シチュエーションに応じて、アニメのセリフがぱっと思い浮かぶような感じです。芭蕉が風景をながめるときは、いろいろな古典文学をも同時に見ているわけです。だから、芭蕉の句を味わうためには、その下敷きとなった文学について知っていなければいけません。でも、そう簡単に古典文学に精通するというわけにはいきませんから、注釈集が役に立ってくるわけです。
安東次男さんの注釈は、下敷きとなった古典、どういう状況で連句が開かれそれが句にどう影響しているのか、そして連句ならではの句の構造を解説してくれます。
また、それまでいろいろな人たちが書いてきたほかの注釈の批判ものせられています。昔の人は句の情景を勝手に想像し、それを句の解釈としていたりしてたんですね。またそれがけっこう通説になっていたりもするようです。本などを読んでいろいろ想像するのは自由だし、むしろそうすべきなんですが、ひとりの想像を万人の意見にしようとするのはいけません。
連句よりも、芭蕉単独の句の方がおもしろいんじゃないかと最初思っていたんですが、連句というのは、ひとつひとつの句がつながっていくために独特のおもしろさがでてきますね。協力でもあり、バトルでもある。前の句をより引き立てればそれは手柄であるし、つぎの句のための準備あるいは誘いをかけるのも腕のみせどころです。
国語の教科書にも連句がのっていたと思うんだけど、このおもしろさを教えてくれる先生はいなかったなー。これもまた、学校では教えてくれないこと、なんですね。


都合のいい女になっていたのは充分わかっていたけれど、それでも男のことを信じていたアイリス(ケイト・ウィンスレット)は、クリスマス直前、とどめとばかりに彼が別の女と結婚することを聞かされ、絶望のどん底に突き落とされます。時を同じくして、アマンダ(キャメロン・ディアス)は、浮気をした旦那にぶち切れていました。いやな気分を吹き飛ばしたいアマンダはここじゃないどこか遠くで年末の休暇をすごそうと思い、ホーム・エクスチェンジ----お互いに家を貸しあって旅の宿泊先にするシステムを利用、アイリスの家を見つけました。そこでの新しい出会いを描いたラブ・ストーリーです。

