2007年4月25日

ハンニバル・ライジング

 人の命に重きを置かない冷酷な殺人者であり、その肉をくらう食人鬼、そして、心の奥に隠しておいた他人の秘密をさぐりだすのを楽しみとする精神科医。作家トマス・ハリスが産みだした想像上の怪人、ハンニバル・レクター。彼の子ども時代に焦点をあてて、モンスターが誕生の瞬間を描いたのが、この映画「ハンニバル・ライジング」です。

 宣伝文句には「すべての謎を解く鍵は日本にある」なんてことが書かれていますが、映画にでてくる日本は、日本人には"はぁ?"と思うようなことばかりで、ぜんぶ西洋人の日本趣味なんですね。戦国武将が討ち取った敵の首を切り落として持ち帰ることに興味を持ったり、日本刀をつかってひとを殺したりするのですが、謎の鍵は正直いってここにはありませんでした。また、ハンニバルに日本趣味を教える叔母が日本人なのですが、これを日本人ではなく日本かぶれの西洋人(フランス人)にしたほうが自然ではなかったかと思います。

 前作「ハンニバル」が映画、原作の小説ともにおもしろくなかったので、今回はダメもとで観たのですが、ハンニバル・レクターのシリーズだと思わなければ、まあまあおもしろい映画です。「羊たちの沈黙」の心理的なかけひきがまったくなくなってしまいました。

2007年4月17日

サンシャイン 2057

 うひょー、ひさしぶりのまじめ系SF映画の登場です。

 太陽が病気か寿命かで光が弱くなり地球が冷えてきてしまったので、太陽の中心に核爆弾を打ち込んで活性化させよう(太陽の中に小さな太陽を作ろう)という計画が発動。傘で横なぐりの雨をよけるようにキラキラで光を反射する傘型の宇宙船で太陽の間近へと出発する宇宙船イカロス2号。

 序盤は、滅びのだるい虚無感につつまれています。この感覚、自分は好きなんですよね。卒業式にもこんな感覚があります。

 じつはイカロス1号という宇宙船が数年前にこの計画を実行しているのだが、太陽のすぐ近くで消息を絶ち、行方不明になっています。不吉な暗示になっています。

 この宇宙船のドクターと艦長(なんと真田広之さんですよ!)が太陽を直視して光をあびることに執着していてます。船の中ではシールドを濃くして光が数パーセントしか入らなくしている(しかし充分にまぶしい)展望室でその姿を見つめているわけですが、100パーセントの、本当の太陽の光をあびたい、本当の太陽を見たい、という危険な欲求にとりつかれています。
 このある種の宗教的な感覚も、映画にいい雰囲気をつくりあげています。

 後半は事態は急展開、サスペンス色が増します。ストーリーの流れが急加速するのにあわせて、宗教的な官能も一挙に強くなっていって、この二極で終末になだれ込んでいきます。

 いやー、この雰囲気、官能とストーリーのバランス。とても好きです。

 余談ですが、SF考証としては、宇宙船の中の重力の問題が完全にいいかげんでした。「スター・ウォーズ」や「エイリアン」みたいな映画だと、船内の重力のことなんてぜんぜん気にもとめないんですが、この映画だと気になりました。宇宙服なしで船外にだされる場面は、かなり以前は、真空中になげだされると身体がふくれあがって目玉が飛びでて最後には爆発するようなことがいわれていましたが、現在では数十秒は問題なく耐えられる、というふうになってきています。(NASA関係の本を多く翻訳してきている野田昌宏さんの本に書いてありました。どの本だか忘れてしまったので後日詳細を付けたしておきます)。この映画では平気でしたね。少しの間だけですが。

2007年4月15日

Wikipediaのガイドラインがおもしろかった

 Wikipediaの章作法のページは文章を引き締めるコツがまとめられていてなかなか参考になります。

 「大言壮語をしない」では、《重要な》や《で有名な》という言いまわしをつかわないようにといっています。重要人物であったり、その分野で有名なのであったら、そうである事実を具体的に書こう、その方がわかりやすくなるし、記事もおもしろくなるというわけです。

 「避けたい言葉」では、《明らかな》《明白》という言葉は、見下されているような印象をあたえる、とあります。

 「言葉を濁さない」では、《と言われている》《で知られている》という、あいまいで、ほのめかした言い方を避けようと提案されています。"だれかそういってたよ""みんなそういってるよ"と臭わして、自分の意見を大きく見せようとする行為ですね。でも、言っていることは本当は確かではないんですよね。噂をひろめようとしているだけの行為です。みずからの手で自分の文章の質を落としているわけです。

プラウザ?

 ラウザという言葉を見つけました。
 そのページには「ラウザ」のことが書かれています。
 単純な間違いかなと思ったら、検索するとたくさんでてきました。
 誤記のようなのですが、こんなに間違われているとは、びっくりです。

2007年4月12日

ブラッド・ダイヤモンド

 紛争が続くアフリカ、シエラレオネ。人民の平等を叫ぶ反政府勢力のRUF(統一革命戦線)に村を襲撃され、捕らえられたソロモン・バンディー(ジャイモン・フンスー)は、ダイヤモンド採掘場で強制労働につかされた。そこで珍しいピンクのダイヤモンドの大きな粒を見つけたソロモンは、ダイヤをRUFに渡さず隠しておこうとするがばれてしまう。そのとき、政府軍の襲撃があり、なんとか命を救われ、どさくさまぎれにダイヤを地面に埋めることも成功する。
 ダイヤモンドの密輸業者のダニー・アーチャー(レオナルド・ディカプリオ)は、政府軍に捕まったソロモンとおなじ留置場に捕らえられており、RUFの幹部に罵倒されるソロモンに目をつけ、彼が隠したピンクダイヤを手に入れようと画策します。

 ニュースで見る中東の紛争地域とおなじく、どこで戦闘がおきてもおかしくない場所が舞台となっているので、全編にわたってかなり戦闘シーンが多い映画です。

 レオナルド・ディカプリオ演じるダニー・アーチャーは南アフリカ共和国の特殊部隊あがりということで、戦闘なれしていて、腕がたちます。しかし、ランボーのようなスーパーマンではなく、あくまでも兵士としての枠内にあり、ドキュメンタリー風にリアリスティックに描かれています。

 ラストは、ディカプリオの独り舞台、大切なものを守るために命を惜しまない強い男のドラマ——になってしまうのですが、まあ、臭みがでる寸前で終わらしていると思います。ファンならこのほうがかえってうれしいでしょう。ちょっと古い時代劇っぽい演出ですね。

 そんなところもあるとはいえ、全体のストーリーの配分、起伏のバランスがよく、最後までハラハラドキドキで見ていけます。


 アフリカの民族紛争に興味があれば、「カラシニコフ」「アラーの神にもいわれはない」の2冊がおすすめ。「カラシニコフ」はルポルタージュ。「アラーの神にもいわれはない」は小説です。映画にもでてきた少年兵を主人公としています。残酷な世界の話ですが、たっぷりのユーモアと皮肉でとても楽しませてくれます。

2007年4月11日

 月曜日のどしゃぶりの後に、大きな虹がでていたのを携帯で撮影しました。
niji-2.jpg
niji-3.jpg
 ふだん見かけるよりも低い位置にでています。
 実際見た感じは、写真よりもずっと大きく、光の帯もかなりの太さがありました。

 この日は天気が不安定で、前日の夜(この日が明ける前)にも雹(ひょう)が激しく降っていました。

2007年4月10日

Rising Sun?? とかち Remix

 凄まじい破壊力

「げりげり〜」「ばかになっちゃうよ〜」がかわいい

「兄ちゃん、むっつりだ。むっつりすけべ〜」
激ロリ→君のための動画だ。

「ハゲ ハゲ ハゲ ハゲ」「ヴェ ヴェ ヴェ ヴェ ヴェ」
あそび、かっこよさ、映像表現、かなりのできばえです。

2007年4月 1日

ハッピーフィート

 ドキュメンタリー映画『皇帝ペンギン』でおなじみのあのコウテイペンギンをモデルにしたCGによるアニメーション映画です。

 CGのできばえがかなりよく、こまかい造形と動きでたのしませてくれます。ペンギンたちはまるでヌイグルミのようで、とくに赤ちゃんペンギンのかわいさはたまりません。

 ジョークたっぷりで笑える展開でストーリーは進んでいきますが、ちょっぴり暗さも抱えています。

 この映画のコウテイペンギンは歌をうたいます。心をこめた美しい歌をうたえないと恋の相手も見つけられません。
 そんなところに音痴なペンギンとして生まれてしまったのが主人公のマンブルです。マンブルが歌うと、どんなにハッピーな状況でもぶちこわしになります。そんなマンブルも、足をパタパタうごかしてしてリズムをとるのが上手という特技をもっていました。かっこいいヒップホップなタップダンスを披露してくれます。
 しかし、古いしきたりにしたがって生きているコウテイペンギンたちには、それは異様な姿にしか見えませんでした。大人のペンギンたちは渋い眼でマンブルを見つめます。やがてマンブルは群れからはみだすようになってしまいます。
 マンブルは、この世界の秘密と、ここ何ヶ月も魚が捕れなくなった災厄の原因をつきとめるため、旅にでることになます。氷山を越え、吹雪の氷原を渡り……うーん、ファンタジーみたくなってきました。そういえば、主人公のマンブルの声は『ロード・オブ・ザ・リングス』のフロド役のイライジャ・ウッド! そうか、これは「指輪物語」だったんだ(指輪じゃなくってこちらは○輪だ)。

 結末ではちょっとひっかかるところがでてきます。人間との関係です。なんかつごうよく動物を描いちゃいないか? と思ってしまいます。ちょっとしたひっかりなので、考えすぎのところがあるのかもしれません。子どものころだったら、そうだよねーと、たぶんいわれたままに受けとって疑問なんて感じなかったと思いますし(素直っていうんですかそれ?)。
 んー、子どもは単純にたのしく、大人はちょっと複雑に考えることもできる、なかなかの映画……ということにしておきましょう。うん。