2007年5月31日

パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド

 ここのところ三週間休みなしなのでヘロヘロですが、なにもなく日々がすぎていくのはいやなので日曜の夜に映画を観に行きました(先週の「リーピング」もそうでした)。

 油断していると寝てしまうどんより脳みそだったせいか、出だしがえらく退屈、というか、ギャグの笑いどころがわからなくて困りました。
 前作の終わりで、死んじゃったジャック・スパロー(ジョニー・デップ)をよみがえらせるために地の果ての死者の世界へいこうということになり、今回、その話から始まっています。この死者の世界をさまようジャックの場面はシュールなギャグなんです。そこがぜんぜんわからない。笑えない。こまりはてている私を救ったのは、ジャックを救いに来た主要メンバー御一行です。
 よくぞ、救いに来てくれた。うれしいよー。

 今回は、前作の後半になります。登場人物が多く、人物ごとのそれぞれのエピソードが展開します。ドラマの総集編をみるようにみっちり詰めこまれています。人間関係を忘れていると、ストーリーがつかみにくくて、物語をたのしむ以前に疲れてしまうので、ぜひとも予習してきましょう。(自分は、蛸顔の海賊デイヴィ・ジョーンズと1作目の敵役の海賊がごっちゃになっていました)。


 映像としては前作(2作目)のほうがよく、ストーリーは今回のほうがよいという感じ。前作はストーリーがカスカスで、今回はみっちり気味なので、もうちょっと配分を考えた方がよかったかなと思いました。

 愛しづらいハンサム君、オーランド・ブルーム演じるウィル・ターナーは、今回は最後でかっこよくきめてくれます。前回、前々回もなんだか印象にのこらなかったし、エリザベスをめぐる恋の争いもどうみたってジャックの一方的勝利。影の薄いキャラだったのですが、まさに起死回生です。よかった、よかった。

 それから、エンドクレジット後にちょっと流れる映像はこれまではつまんないオチでしたが、今回はいいエピソードになっているのでおみのがしなく。 

2007年5月20日

ピーターパン・エンドロール

Amazon.co.jp: ピーターパン・エンドロール: 本: 日日日,中村 佑介 周りとの違和感が大きくなり、すべてに現実味を感じなくなり、いま本当に生きているのかさえわからなくなる。——子どもと大人のはざま年ごろの女の子のストーリーです。

 "本の中で語られるピーターパンの本当の話"ってどこからでてきたものなのでしょう。
 《ウェンディは精神的に成長し、大人になってしまう》 《すると、恐ろしいことにピーターパンの態度が豹変し、ウェンディを殺すために追いかけてくるの。》
 《ネバーランドに子供しかいないのは、大人になったやつから順番にピーターパンが》《チクタクワニの餌にしちゃってたから》
 ネットで原作の翻訳が読めるのでざっと眼をとおしてみましたがそういう記述はなさそうです。→こちらこちら

 ピーターパンについてはこれだけではなくて、じつはこの物語は、虚構(ファンタジー)ではなくて現実(ノンフィクション)なのだといいます。大人になりたくなかったウェンディが、近所のピーターパンという少年とつくった、ごっこ遊びのお話。ウェンディは夢中になっているピーターパンをみて、醒めてしまうわけです。そして、子どもの遊びをやめてしまう。まだ遊んでいたいピーターパンはしつこくウェンディを追いまわす、と。そういうお話だというのです。

 このピーターパンについての話と似たかたちで、この「ピーターパン・エンドロール」も物語が進んでいきます。
 ピーターパンのどの物語も結末は苦いように、この物語の結末も苦いのですが、ひとつ突きぬけて、すがすがしさがあります。ちょっといびつですけれど、よい青春小説です。

"ピーターパン・エンドロール"
日日日
新風舎文庫
590円
Amazonアソシエイト

リーピング

 予告篇は昆虫が大発生するパニック映画のノリで流されていますが、実際は聖書物語をベースにしたオカルトサスペンスです。

 主人公(ヒラリー・スワンク)は、神の奇跡とよばれる現象を調べ、真相を暴くことに熱心な大学教授です。彼女が調査にむかった町で、旧約聖書の出エジプト記にある"十の災い"の通りに奇怪な現象が起きていきます。川が赤く染まったり、蛙の死骸がボトボト落ちてきたり(笑)。蛙が落ちてくるシーンはいま思うと、なんじゃそりゃ、みたいな場面ですが、ホラーっぽい演出でうまく驚かしのシーンにしています。

 虫を呼ぶ女の子は、チャーリーとチョコレート工場でチケットをもらった子どもたちのなかの紅一点のあの子。大きいきれいな眼がとても印象的でした。

2007年5月15日

うたわれるものらじお

 「とかちつくちて」で有名なアイドルマスターというゲームのおもしろ動画がきっかけでアイドルマスターのネットラジオを聴くようになりました。
 若者向けではありますが、けっこうおもしろく、つい、頬をゆるめて笑ってしまいます(周りから見るとかなり気持ち悪いでしょうねー)。

 そんな話をネットでしていたら、おもしろいよと勧められたのが「うたわれるものらじお」です。
 アニメ「うたわれるもの」の声優さんによる番組ということですが、なんと、女性の声優さんが男性の声優さんに、番組中に猛烈アタックをかけているということ。
 いままで知らなかったのですが、ネットでは大人気の番組なのだそうです。

 興味を持って、ちょっと調べてみると、女性の声優さんの方は、柚木涼香さん。あれ、どこかで聞いたことがあるなと思ったら、あ、「スーパーミルクちゃん」というアニメシリーズでテツコというキャラクターをやっていた方でした。テツコ大好きなんです。夢見がちなロボットで、たっぷり妄想したあと、「ロマンチック〜」というのが口癖です。自分も掲示板などでよく真似をしていました。ミルクちゃんや、テツコをつくった博士に、つめたい仕打ちをうけて、へこまされるところもかわいいんです(おばさんぽいキャラなんですが)。芸達者で、うまい役者さんだなーと思っていました。
 また、男性声優さんのほうは、小山力也さん。あれ、見たことがある名前だと思ったら、こちらは「ER」でジョージ・クルーニーがやっていたダグの声の方でした。いまだと「24」のジャック・バウアーの声のひとで有名でしょう。

 さっそく聴いてみると、おもしろいー。柚木さんのド直球に、力也さんはたじたじ。かわしかわしで番組が進んでいきます。番組のコーナーは地方のめずらしいものについてリスナーにもらったメールを紹介したりとけっこう堅実。それ以外のフリートークでも、それぞれの身近なお話はハートがあってほのぼのして癒されます。激しいラブアタックと対照的で、この緩急の効き具合がたまらない味わいになっています。

 これまでの番組は、CDになっているというので、衝動買いしてしまいました。現在、2枚でていて、3枚目も今月末にでるそうです(予約してしまいました)。
 これもまたおもしろく、最初の方は柚木さんは冗談めかして力也さんをからかうように「私のこと避けてるでしょう」とかいうぐらいだったんですが、4回目の初ゲストのときに"壊れます"。ゲストの方はおなじアニメの声優さんです。アフレコ現場で柚木さんが力也さんに好意をもっていたことは知っていたらしいのですが、番組中の柚木さんの状態にはおどろいたらしく、途中、マジ声になってスタッフさんに柚木さんのことをたずねています。

 おもしろい番組は知らないところにまだまだあるんでしょうねー。
 でも、ネットラジオはアニメ関係のものが多く、自分はあんまり今のアニメを知らないので、聴くきっかけがないんですよねー。いいのがあったら教えてもらいたいものです。

 ◇「うたわれるものらじお」は、ネットラジオの番組を数多くを配信されている「音泉」さんで聴くことができます。

2007年5月14日

眉山

 映画館へ行く途中、車で聴いていたラジオ番組に、この映画の音楽を担当されている大島ミチルさんが出演されていたのが、この映画を観るきっかけでした。
 そうでなければこの映画は観なかったかもしれません。親子もの、感動ものを売りにしている。そして、原作が"さだまさし"。わたしは、さだまさしが行う感動ものは"臭み"を感じてしまい、苦手です。

 そんな苦手意識も映画が始まってしまうとすぐになくなってしまいました。ああ、観てよかったです。先入観はやっぱりいらんものですね。


 映画は、松嶋菜々子演じる咲子の母が倒れ、故郷、徳島に戻ることから始まります。咲子さんは旅行会社で働いています。仕事はできるけど、仲間に冷たい、というエピソードがあります。徳島に戻り、母が入院している病院に行くと、母親が気の利かない看護師をピシリと叱りつけている場面に遭遇、ああ、親子だねー、とわかる演出になっています。咲子はそんな母をみて怒る、というのも、いかにも親子っぽくって、単純にしてとても効果的な演出にうまさを感じました。

 このお母さんを演じるのは、宮本信子さんです。よいですわー。強気な女性を好演しております。最高です。
 咲子はまだ父親に会ったことがないのですが、このお母さんとお父さんのエピソードがまた切なくってよいんです。

2007年5月 5日

スパイダーマン3

 スパイダーマンはニューヨークの英雄となり、中の人、ピーター・パーカーは充実した日々を暮らしています。その一方で、恋人MJとはまたうまくいかなくなり、親友ハリーには父のかたきと命をねらわれるように。そして、叔父をころした真犯人があらわれる……ととりまく状況は悪化していきます。

 アクションは、前半はアップで高速移動する場面が連続するので、画面の激しい動きに目が疲れますが、後半、とくに終盤にはたっぷりとした広い空間をつかってみせてくれるようになります。前半はあまり集中してみないことをおすすめします。

 物語は、恋愛、友情、善悪、すべて壊れかけ、物事の簡単にはいかない部分をうまくに描いています。
 簡単にはわりきれない善と悪については、アメコミではあたりまえなのですが、アメリカ映画のヒーロー物ではあまり描かれることがありません。きっちりした善と悪というのは頭の中には確固としてあるのですが、実際にはそうすることはむずかしい。《キリストのいうことはぜんぶ当たってるけど、実行するのはむずかしいよね》ってずっとまえに深田恭子が歌っていました。
 日本だとアニメや特撮物でも暗いテーマをあつかっていましたから、そういうもので育ってきているので、アメリカ映画のヒーロー物は子どもっぽくてつまんないんですよね。
 だけど、スパイダーマンの映画シリーズは別格です。おもしろい。

2007年5月 4日

アンダカの怪造学IV 笛吹き男の夢見る世界

Amazon.co.jp: アンダカの怪造学〈4〉笛吹き男の夢見る世界: 本: 日日日 "変えたい。誰かが血を吐かなくては回転しないこの世界を。"

 こちらとはちがう生物が棲むあちらの世界アンダカ。その生物を呼びだし使役する技術=〈怪造学〉を学んでいる高校生・空井伊依のストーリー第4弾です。

 伊依は、アンダカの生物を"お友達"と思ってますが、まわりの大人たちや同級生も呼びだした生物を"道具"とみています。なにかをさせるために呼びだして目的を終えたら元の世界に戻すのだから素朴にそう思うのはふつうです。しかも、アンダカの生物は強い超能力を持っているので、扱いをまちがえるとかなり危険です。命を落とした怪造学者は多数いて、街ひとつを瞬時に廃墟と化した大惨事も起きています。みな心してアンダカと関わっているわけです。

 シリーズはだんだんと、この伊依の、みんな仲良く"お友達"理論がテーマになっていきます。"お友達"理論を崩れさせていくような事件にまきこまれていきます。そばにいる相手を食いつくすことでしか存在していられない生物が現れますが、そんな生物と仲良く一緒に暮らすなんてことは実際には不可能です。伊依は悩み、挫折し、深く傷つきますが、がんばって立ちあがります。そして、"お友達"理論を改良、みがきをかけていくわけです。

 こういうのっていまの日本にぴったりのテーマなんですよね。
 9.11のテロ事件、アメリカの戦争、北朝鮮のミサイルや核実験による脅し、中国・韓国の過激な反日運動。戦争・防衛について考えさせられる出来事がいくつもありました。
 戦争反対、みんな仲良く、というだけでは、"平和ボケ"と非難されます。前の世代のひとたちのように"平和、平和"といっているだけじゃダメだってことはわかってきています。
 そっちがやる気ならこっちもやったるぜ、ってひとたちだって、戦争のリスクの高さはわかっていて、追い込まれたらやるけれど、そうでなければべつに戦いなんて好まないひとたちばかりでしょう。
 どうしたら平和でいられるか。昔のように御題目をならべるばかりの"平和教"でなく、実践的な平和の手法が求められています。
 そんな時代の空気をきちんと感じとって書いている作品だと私は思います。

"アンダカの怪造学IV 笛吹き男の夢見る世界"
日日日
角川スニーカー文庫
620円
Amazonアソシエイト

2007年5月 3日

バベル

 アフリカ旅行にいった夫婦がバスで移動中に、妻が外からライフルで撃たれ、そこから物語が拡散していきます。その夫婦、銃を撃った者、夫婦の子どもたちと子守の女、銃の元の持ち主と娘。
 着想としてはこの映画の監督のべつの作品「21グラム」と似ているところがありますが、「21グラム」は事件がそれぞれを密接に絡めあいますが、「バベル」ではつなぎあわせません。それぞれの家族はそれぞれの物語を進めていきます。

 映画を観てしまうとタイトルの「バベル」の意味をつかむのがむずかしくなります。バベルで思いうかべる、言葉の違いから心がバラバラになる、という物語ではないからです。バベルよりもさらに進んで、言葉が通じあっていてもバラバラな自分たち、つながることを求めているんだけどうまくいかなかったひとたちのストーリーでしょう。もしかしたらバラバラじゃなかったのかもしれない。じつは自分から避けていただけなのかも。そんな部分が多いように思いました。

そして殺人者は野に放たれる

Amazon.co.jp: そして殺人者は野に放たれる: 本: 日垣 隆 凶悪な犯罪者が、精神鑑定をうけた結果、責任能力なしということで無罪になる——ニュースでよく聞く話です。

 この「責任能力なしで無罪」ってやつ、加害者の人権を守ることばかりに集中しているために被害者と遺族が無視されていると問題になっているようです。
 病気でそうとしらず殺してしまったということならば、それを考慮に入れて判決されるべきだとは思いますが、裁判というのは社会秩序を保つためにあるのだから、被害者無視といわれるようになってしまうようでは問題があります。

 雑誌WiLLでおなじみの日垣隆さんがそのことについて書いているというので、さっそく買って読んでみました。

 WiLLでみる日垣さんは納得いかないことに喧嘩を売る熱血漢です。理詰めで相手のおかしいところを責めていくという、自分としてはいちばん喧嘩をしたくないタイプの人物です。
 この本では、被害者と遺族の視点にたち、裁判に関係する人々の怠慢を責めていきます。
 論点はつぎの3つにまとまると思います。

・心神喪失・心神耗弱の規定があいまいで歯止め無く乱用されている。
・精神鑑定は裁判の証拠にならない。
・精神病質の犯罪者の治療施設がない。

 ひとつめは、基準がほんとうにあいまいで、酒酔いや薬物利用者の犯罪にも適用されています。酔っていたから、ドラッグを使っていたからといって、罪が許されてしまうのはおかしいと思います。他人に薬物を注射されてむりやり犯罪行為をさせられたというのでもないかぎり、責任は負うべきではないでしょうか。
 また、基準のあいまいさから、罪を逃れるための偽装に心神喪失・心神耗弱が利用されていることも本書で指摘されています。

 ふたつめの精神鑑定が裁判の証拠にならないというのは、精神鑑定を誰がおこなうかによって出てくる結果がちがっていることが理由になっています。そんなあいまいなものが、ほかの数々の確たる証拠をさしおいて、裁判の結果を決めてしまうのはおかしいというわけです。

 みっつめなんですが、これはどうしてないのでしょう。病気だからしかたがないといっておきながらその病気をどうにかしようとしないのでは意味がないと思います。それに、専門の施設があれば、治療のフィードバックから精神鑑定の質も大きく変わってくるはずです。みてみぬふり。放り投げて、反省がない。精神障害による犯罪の裁判のすべてを象徴しています。


 現状では、こうした裁判はどんどんでたらめな方向へ近づいていくばかり。精神障害による犯罪者を救済しているようでいて助けてはいないし、精神障害者はみんな危ないんだという偏見を増大させていく一方です。
 よろしくない。
 考えるひと、発言するひとが増えるだけでも、こうしたことが変わるきっかけになると思います。
 ちょっとでも興味があれば、ぜひご一読を。そして発言してください。

"そして殺人者は野に放たれる"
日垣隆
新潮文庫
500円
Amazonアソシエイト