激辛書評で知る 中国の政治・経済の虚実
中国関係の書評集です。
話題になった『マオ―誰も知らなかった毛沢東』の徹底批判が目立ちますが、この本の面白みは、書評を通して、現代中国の実情を知っていけることにあります。
たとえば、中国の過激な反日運動。日本にたくさんの嫌中をつくりだしましたが、その原因は、前の国家主席・江沢民と彼の取り巻きによるものだというのはニュースでもときどき取り上げられていましたが、その経緯をよりくわしく知ることができます。反日運動というのは、江沢民のときにいきなり出てきたものなのだそうで、それまでの歴代の国家主席はみな「戦争が終わったからには、これからは平和と友好」というスタンスをとってきているといいます。このところのいきなり反日がでたり、それがいきなり消えたりという不思議な現象は、反日が人工的につくられたものだから
なのかもしれません。
ほかには、田中角栄が訪中し首脳会談を開いたときのトラブル。「迷惑」という言葉の意味のとらえ方の違いから大問題になった話。天安門事件の政治まわりの背景。台湾の内部事情について。中国経済について。――とつづきます。
おしまいに、現代小説を題材に農民問題が語られます。2004年にでた張平の『国家幹部』という小説が、失敗作と評された点に注目をします。失敗作といわれた理由は、中国で昔からある物語のパターン「清官政治」から一歩も出ていないからだそうで、この「清官政治」というのは日本でいうところの水戸黄門や大岡越前の物語とおなじく、正義の官僚が悪者をこらしめるお話です。著者が注目するのは、小説もそうだが、現実の政治腐敗を批判する評論もこの「清官政治」のパターンを描いているところで、正義の味方の登場以外に政治腐敗を正すことができないのは、政治体制がまったく機能していないからだ、というわけです。(日本も人ごとではありません。官僚腐敗にたいしてどうにも手がでないありさま。官僚改革しようとした安倍前首相は首とばされましたからね)。そして農民は搾取されつづける。悪徳地主から農民を救いだすための革命だったはずなのに、事態は逆戻りです。
タイトルにある「激辛書評」の激辛という言葉は、話題にしている本そのものよりも、その本を根拠なく褒めている日本の専門家にむけられるほうが多く、悪書が広がる原因になっている専門家・批評家に厳しい眼をむけているのがわかります。たしかに、自分で価値が計りにくいものは、他のひとの評価にたよってしまいますし、知らず知らずのうちに影響をうけてしまうこともあります。専門家がやれやれと肩をすくめる世間一般の間違った考え方はじつは自分たちの軽率な発言がもとになってなっているのかもしれません。


