2009年7月23日

ワイヤー・イン・ザ・ブラッド セカンドシーズン

 犯罪者とくに殺人者を専門にしている臨床心理学者のトニー・ヒル博士と、捜査チームのリーダーでトニーを信頼し一緒に事件の真相究明にあたる女性刑事キャロル・ジョーダンを主人公とする推理ドラマのシリーズ「ワイヤー・イン・ザ・ブラッド」の第2シーズンです。

 現代的な猟奇的な殺人事件を古典的なしっかりとした推理ドラマの形式で描き、刺激的で、さらに物語的にも面白い見応えのある作品に仕上げられています。

『クライング・ドール(Still She Cries)』
 これまでにちょこちょこ登場してきたふたりの女性がうごきます。
 ひとりは連続殺人鬼の女性。トニーが毎回、面会しに行っていたあのひとです。善良そうでかつ知的な面をみせていた彼女。ときおり見せる凄みの表情にぞくっとした怖さを感じさせていた彼女ですが、今回は性格が変わったようにおどおどしています。どうやら自分が殺してしまった者の影におびえているようです。
 もうひとりは、トニーの教え子の女の子。あからさまにはトニーを好きだという態度はみせないけど、トニーと女性の刑事さんの間柄を分析してそれを指摘したりとちょっかいをしかけます。彼女の友達が、今回起こるの事件の被害者です。
 今回の事件は、女性を狙った連続殺人です。犯人は警察に対して挑戦的で、手紙・電話でメッセージを送りつけてきます。
 トニーのプロファイリングは"あるひとつのこと"がわからないために定まらず、揺らぎます。それが結末へ向かっての勝負どころになってきます。
 印象に残ったのは、ここで見た劇場型の犯行が、自分の行為をひとのせいにするため、だということ。このドラマの、この犯人に限っての話ではあるのですが、おなじタイプの人がけっこういそうです。

『ウィッチ・コード(Darkness of Light)』
 冒頭で逃げていく女の人が殺されるシーンがあり、つぎには工事現場から重なりあった骨が見つかる場面になります。
 骨は500年ほどまえのかなり古いもので、調査中さらにその下から最近殺されたとみられる新しい白骨死体がでてきます。
 あるていど話が進んで初めて、工事現場での死体発見が現在の事件であり、冒頭の逃げる女の人の殺人は10年前の事件であることがわかります。
 これらの事件がどうからんでくるのか、そもそも、いったい何が起こっているのか?
 冒頭の事件は林の中で起こっていて、その林には、樹皮に魔女の絵が刃物の先で刻み込まれている木がいくつかあり、どうやら魔女がらみの事件であるようですが。
 しばらく進むと、超能力みたいなもので火を付ける場面や、騎士が持つような剣が宙に浮いている場面まででてきます。
 どうやって話に収拾つけるんだろうと不安8割楽しみ2割でドキドキしてきます。
 しかしこれが、けっこう見事に収まりがつくので感心させられます。

『クロス・レクイエム(Right of Silence)』
 バール(金属製の大型の釘抜き)で滅多打ちにされた死体が発見される。それは現在、逮捕され拘留中の男の手口とまったく同じであった。それではいったい誰がこの事件の犯人なのか?
 犯人はわりと早い時点で暗示されます。ある程度わかってもらった上で視聴者に勝負をかけてきます。
 ところで、原題は訳すと「黙秘権」なのですが、それと物語とのつながりが自分にはわかりませんでした。黙秘権を主張してくる人はでてこないし、黙っているだけという感じの人も登場しません。なんでしょう?

『エンジェル・オブ・デス(Sharp Compassion)』
 最初の事件は6、7分で解決。被害者はどうやら助かる見込みであったが容体が急変して死亡します。警察で遺体を解剖すると、血管に空気が送られて殺害されたことがわかります。被害者は二度殺されてしまったわけです。
 ドラマ全体はたくさんのことが起こって複雑に見えますが、事件自体はきわめてシンプルです。
犯人との距離感を保つために、あえて深く描こうとしなかったのではないかと私は考えます。共感させてしまってはいけないし、逆にあまり異様な人物にしてもいけない。微妙な立ち位置がこのドラマの味わいになっているのだと思います。
 物語の軸をシンプルにした分、周辺のエピソードをふくらませて、ストーリーの求心力としています。トニーは大学での立場があやうく、警察では昇進をめぐってもめ事がおこります。被害者が亡くなった病院では、院長が政治的なコネをつかって警察に圧力をかけ、MI5がのりだしてきます。そして事件は解決から遠のいていきます。どうなるんだよ、という気持ちが、ドラマを見続けさせる力になります。

参考リンク
「Nice to meet you!」サイト内ワイヤー・イン・ザ・ブラッドのレビュー

2009年7月19日

検閲 1945-1949 禁じられた原爆報道

Amazon.co.jp: 検閲 1945‐1949―禁じられた原爆報道: モニカ ブラウ, 立花 誠逸: 本 アメリカの検閲の恐ろしさは検閲していることを隠したことにあります。
 戦時中の日本の検閲がよく知られているのは、文字を黒く塗りつぶしたり、逆に文字を消して白紙のページができたりしていたからです。黒く塗られた部分や空白部分をみれば、読む人は、これは検閲されたのだなということがわかります。アメリカはそれを許しませんでした。

 作者のモニカ・ブラウは、広島と長崎に落とされた原爆のことが、自分の住むスウェーデンでほとんど気にもとめられていないのは、自国民の無関心と怠惰のせいだろうと考え、自分がこの知識不足を補おうと生存者へのインタビューを始めます。そして、当時アメリカによるきびしい情報制限があったことを知ります。

 アメリカは、日本に自由をもたらしに来たと言いながら、実際には依然とかわりばえしないかそれ以上の不自由を課してきました。見た目にはそうでないように装われて。

 海外との情報は遮断され孤立させれます。
 戦争は、すべてが日本のせいであり、過去の日本は悪であったと日本国民に植えつけることが基本方針となります

 この方針は、アメリカがソ連などの共産勢力と対立を深めたことで反共産主義・反ソ連へと変わります。目的が途中で変わってしまうわけです。日本人に罪悪感を持たせて骨抜きにするのはまあ占領政策としてわかりますが、反共はアメリカの都合です。

 また検閲の基準がまちまちであったことも指摘されています。これは命令系統がひとつではなかったことが理由とされています。

 原爆についての情報は、最新兵器であったために情報が遮断されました。
 治療にあたっても被爆というのがこれまでなかったものですから他の医師に意見をもらいたいというのがありました。しかしそれはかなわずかなり苦労されたようです。医師たちに対する被爆者側からの印象も「研究対象にされるだけ」というのが多いのも、どう治療していったらよいのかわからなかったという医師たちの状況が主な原因になっていたわけです。

 現在、この本は品切れになっており、ネットでは2,3倍の値段で取引されています。(図書館で読むのがよいでしょう)。
 復刊、文庫化を望みます。

"検閲 1945-1949 禁じられた原爆報道"
モニカ・ブラウ
時事通信社
2000円
Amazonアソシエイト

2009年7月18日

JukeTower

juketower.jpg お風呂で音楽を聴くオーディオ機器です。ライトのカバーみたいなのをちょっとだけクリッとまわして(根本にポチッと印がついている)はずすと中身がでてきます。電池が入るところのふたをはずし、単三電池を三本いれ、またふたをして、USBメモリーを差し込んで最初にはずしたカバーを元に戻せばオーケー。

 電池はアルカリが指定されているけどエネループで大丈夫でした。
 音はオーディオマニアでもないかぎり充分満足いくレベルだと思います。どちらかといえば機器の性能よりも、聴く場所、お風呂場の環境に左右されると思います。
 使える音楽のファイルはMP3のみ。USBにコピーした順に再生されます。ランダム再生機能がないのがものすごく残念。フォルダで曲が管理できて早送り、巻き戻しボタンを長押しでフォルダをスキップできるので、アルバムごとの頭出しが可能です。

 → ノーリツの製品ページ

ノーリツ 防水MP3プレーヤー juke tower SJ-10MP 実物を手にしてまず思ったのは、公式サイトやショップにある写真と比べて「太くない?」ということ。ひとまわり太いですね。あと全体的にプラスチック、プラスチックしてるなーとも思いました。安っぽいです。でもこの感じだと、お風呂場のシャンプーなどの容器となじみます。

 USBメモリーにストラップの金具がついていたら取り除いた方がいいでしょう。音の振動でビーっというビビり音が発生する可能性があります。キャラ物のメモリーも突起が機器に触れるようだと同じようなビビり音が発生します。かなり大きくスペースがとられていますが物によっては干渉するので気をつけましょう。
 自分は、MicorSDが余っていたので、それをUSBメモリーとして利用できるコネクタ(小型のカードリーダー)を買って、それを使っています。問題なく利用できます。1Gのカードだとメモリーを認識してくれないといった相性問題はまずでないと思います。でも、新しく買うんでしたらすなおにUSBメモリーを買いましょう。トラブルが防げます。

"juketower"
ノーリツ
10500円
Amazonアソシエイト
使用感

 一部、高音が聴きづらいことがありました。
 たとえば、ゲーム『ジェット セット ラジオ フューチャー』のサントラを聴いているときにバックで周期的に鳴るキーンという高音がかなり耳にきついものでした。(2009/07/30)
 でもたいがいの曲は大丈夫ですけどね。自分の聴きたい曲のタイプによっては気をつけた方がいいです。
 湯船につかりながらで聴く小島麻由美はたまんないっす。(2010/03/12)

曲順の並べ替え

 曲順は、USBメモリーにコピーした順番ということで、たくさんコピーした後で曲順を変えたくなると作業がなかなか大変です。
 そういうときに便利なソフトを見つけたので紹介します。
 UMSSortというソフトでもともとはiriverというオーディオプレイヤー用に作られたソフトなのですが、USBメモリーを利用するJukeTowerでもちゃんと使えます。
 一括ソートだけではなく、曲を一個一個を好きに並べ替えたり、シャッフルといってランダムに並べ替えたりもできるので疑似シャッフル再生も可能になります。(2010/03/12)

2009年7月16日

自白は王様

 証拠となっていたDNA鑑定がまちがいであることがわかった足利事件のいきさつをみて、証拠としての自白について佐藤優さんが雑誌のコラムでけっこう怖いことを書いていました(月刊Will 2009年8月号「猫はなんでも知っている」第16回)。

 それは、足利事件に、もし、物証の証拠がなく、供述だけで事件が構成されていたら、冤罪を証明することができなかったであろう、ということ。
 自白と目撃者の供述できっちり作られてしまったら、もはや、手も足もでない。‥‥この恐ろしさ。
 「自白は証拠の王様」というのはこのことなんですね。

 元警視庁警視のお話が載せられていますが、警察でも、物証を基本に組み立てた事件は公判で崩れやすく、自白と証言で組み立てられた事件はまず崩れない、という認識があるようです。自覚的にその技法を活用しているかどうかはべつとして、少なくとも経験則でそうであることはわかっている。

 また佐藤優さんは、今回のことを批判している新聞が、実際は冤罪を作る側に荷担していた認識がまるでないことを強く非難しています。
 そういえばオウム真理教の毒ガステロのひとつ「松本サリン事件」の報道もそうでしたね。被害者である無実の人間を疑わしい、疑わしいとくりかえして犯人であるかのようなイメージを刷り込んでいました。
 ご用心、ご用心。
 そういえば、衆議院議員(茨城三区)の葉梨康弘も「自白は証拠の王様」っていっていたなー。こんなとんちんかんな論法で話すんですか? 葉梨康弘先生は。「葉梨は、次の選挙を見据えて名前を売りたいだけ」という話もありますが、刺激的に言葉を飾るブロガーや雑誌ライターならともかく、政治家の論法じゃあないよねー。ご用心ご用心、です。


 しかし、Willは、連載コラムが充実していますね。佐藤優さんのものもそうですが、曾野綾子さんの「小説家の身勝手」も、"鋭い"というポーズは見せずにどこかべつのところを見ているかのように、ゆらゆらっとしてるんですが、いつのまにやら、あっという風景を掲示して、見落としていた意外な問題点にきづかせてくれます。文芸春秋の編集長だった堤堯さんの巻末コラムもおもしろくて、これだけでも毎号買う価値があります。

2009年7月 4日

塩野七生による日本のキリスト教とヨーロッパのキリスト教

 塩野七生さんと堤堯さんとの対談がおもしろかった(月刊誌WILL別冊・季刊『歴史通』4月号もしくは『WILL』6月号に一部掲載)。

 宗教に関して示唆に富む発言が多くありました。

 たとえば、一神教と多神教というのは、神の数の違いではなく、ほかの人がほかの神を信仰しているのをみて別にかまわないというのが多神教。ローマ神話の多神教はほかの民を征服していってそこの神を合わせていったもので、自分の中で増殖していった日本の八百万(やおよろず)の神とはじつは性質がちがっているのだということ。

 また、日本のキリスト教者は辺境のキリスト教徒だから純粋に残ったといっております。遠藤周作が創作の課程で汎神論・多神教的方向へ移行していったことも、ヨーロッパからしてみれば、まだそんなことをいっているのか、というふうなこと。信仰を捨てる=棄教の問題もべつにふつうのことで、棄教する人を復帰させるマニュアルがあるくらいで、棄教自体が問題になることなんてないんだそうです。
 なるほどと思いました。ひとえに信仰することだけが大事みたいな(日本のキリスト教との)スタンスはそういうことからきてたんですね。

 マキャベリとルターの違いについてもおもしろく、一千年のキリスト教支配は人間を一つも良くしなかった→マキャベリは、宗教で人間を変えることは不可能だから、変わらない人間の本性を直視してそれに適した対策を考えることを主張。ルターは神と信者のあいだに聖職者がいたために真の宗教の浸透の妨げになっていたと考え宗教改革をおこない、それがプロテスタントとなったわけです。
 で、その後500年たちました。人間は変わったかといわれると、(笑)ですよね。マキャベリが正しかったというわけです。

 うーん、ずっと塩野七生は避けてきたけど(塩野七生を好きだといってる人が嫌いだったから)、これを読んで興味がわいてきました。