検閲 1945-1949 禁じられた原爆報道
アメリカの検閲の恐ろしさは検閲していることを隠したことにあります。
戦時中の日本の検閲がよく知られているのは、文字を黒く塗りつぶしたり、逆に文字を消して白紙のページができたりしていたからです。黒く塗られた部分や空白部分をみれば、読む人は、これは検閲されたのだなということがわかります。アメリカはそれを許しませんでした。
作者のモニカ・ブラウは、広島と長崎に落とされた原爆のことが、自分の住むスウェーデンでほとんど気にもとめられていないのは、自国民の無関心と怠惰のせいだろうと考え、自分がこの知識不足を補おうと生存者へのインタビューを始めます。そして、当時アメリカによるきびしい情報制限があったことを知ります。
アメリカは、日本に自由をもたらしに来たと言いながら、実際には依然とかわりばえしないかそれ以上の不自由を課してきました。見た目にはそうでないように装われて。
海外との情報は遮断され孤立させれます。
戦争は、すべてが日本のせいであり、過去の日本は悪であったと日本国民に植えつけることが基本方針となります
この方針は、アメリカがソ連などの共産勢力と対立を深めたことで反共産主義・反ソ連へと変わります。目的が途中で変わってしまうわけです。日本人に罪悪感を持たせて骨抜きにするのはまあ占領政策としてわかりますが、反共はアメリカの都合です。
また検閲の基準がまちまちであったことも指摘されています。これは命令系統がひとつではなかったことが理由とされています。
原爆についての情報は、最新兵器であったために情報が遮断されました。
治療にあたっても被爆というのがこれまでなかったものですから他の医師に意見をもらいたいというのがありました。しかしそれはかなわずかなり苦労されたようです。医師たちに対する被爆者側からの印象も「研究対象にされるだけ」というのが多いのも、どう治療していったらよいのかわからなかったという医師たちの状況が主な原因になっていたわけです。
現在、この本は品切れになっており、ネットでは2,3倍の値段で取引されています。(図書館で読むのがよいでしょう)。
復刊、文庫化を望みます。



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