もっと大きく広い視点でみる近代史
雑誌『Will』の9月号(2009年)で、現代史をもっと俯瞰的、広範囲に見る試みがなされていました。西尾幹二、福井雄三、福地惇、柏原竜一による対談です。
日露戦争というのがありますよね。日本とロシアとの戦争です。露は今のロシアではなくソ連の前の皇帝がいた頃のロシアです。満州を支配下に置き、さらに南下して朝鮮そして中国(清)を狙いにかかっていました。そこで、日本と衝突します。
日本とロシアの戦争といっても、ほんとうに日本とロシアだけの戦争ではなく、日本にはイギリスが関わっています。日本国内ではロシアと戦おうという世論が高まっていましたが、政府としては列強と戦うだけの力はないだろうという考えが大勢を占めていました。戦争を避けるために日本はロシアに交渉を持ちかけますが、ことごとく無視されます。ロシアにとっては日本などべつに相手にもならない小国だっったのです。
そこにイギリスとの同盟話が持ち上がります。願ったり叶ったり、これでロシアとの対決が望めます。
イギリスにとってロシアは自国の利権を脅かす恐ろしい存在でした。利害調整の交渉の場にも立ってくれません。そこで、義和団事件で活躍した日本をロシアにあたらせようとしたのです。だから、日露戦争は、イギリスの代理戦争の側面も持っていたといえます。
ロシアは当時フランスと同盟を結んでいたので、この戦争は、「日英同盟」対「露仏同盟」の戦いでもありました。
しかし、開戦2カ月後にはイギリスとフランスは英仏協商とよばれる植民地政策における協定を結びます。植民地での両国の戦争を避けるためのものです(イギリスとフランスはモロッコとエジプトで対立していた)。同時にヨーロッパでのイギリスとフランスの直接対決を防ぐ役割も持っていました。日露戦争においては、フランスの動きはこの協定によって完全に封じられました。
日露戦争は、日本の勝利に終わります。日露戦争終結後は、強気一辺倒だったロシアが方針転換したため、英露関係は改善し、英露協商が結ばれました。これによって、英仏協商と露仏同盟と合わさってイギリス・フランス・ロシア、三国が協力する体制になっていきます。
イギリスは、日露戦争によって、非常に有利な立場を得ました。中国の利権も守れたし、長年対立していたフランスと和解でき、戦争前にはヨーロッパでどの国とも協力関係がなく孤立していたのに今は強力な同盟関係ができあがりました。
日露戦争は、ロシアの南への野望を止め、ヨーロッパ(バルカン半島)へと矛先をむけさせることとなったので第一次大戦の引き金にもなっています。また、ロシア国内の乱れはロシア革命を引き起こすことにもなります。また「イギリス・フランス・ロシア」の協力体制は、そのまま第一次世界大戦の図式となっています。この三国が「ドイツ・オーストリア・イタリア」とヨーロッパを二分して対決するわけです。
いやー、ダイナミズムですよ。日本の動きは、世界に影響を与えたわけです。単純に近隣だけの問題ではありません。世界に影響をあたえ、また世界も日本へと打ち寄せてきました。
こうしたことが前述した対談で述べられています。
近代史というと、もう、日本の侵略だ、いや侵略ではないとか、南京大虐殺がどうだとか、それだけをいつまでもいつまでもいつまでもやっていることが多かったし、そうでないものというと個人史・体験談になってしまいます。個人史・体験談には良いものがくさんありますが、それだけだと、大きな流れが見えてきません。気温が高い、暑い、暑い、いってるだけだと、地球温暖化とか大きな構造が見えてこないようなものです。解決策があるかもしれないのに。
ウヨクでもサヨクでも日本を好きでも嫌いでも、どんな立場の人とっても、こういう見方は得るものが大きいと思います。どんどんやっていってほしいです。



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