2010年1月21日

心霊写真

心霊写真 [DVD] 真夜中の道路を急に横切ってきた女性を車でひいて逃げてしまった日から、怪現象がつぎつぎと起こり始める、というホラー映画。話が進むと、ぼろぼろと隠されていた事実が見えてきて、じつはこのひき逃げが怪現象の起点ではないことがわかります。

 ホラー的な表現は清水崇監督の『呪怨』をしっかり勉強したようです。単に映像だけではなく、「怖がらせる」ことにも成功しており、かなり怖い部類のホラー映画になっています。しかも、『呪怨』とちがってストーリーがきちんとあります。

 ところが、こうストーリーがちゃんとあって、ぴしっと終えられてしまうと、見終わったときに物足りなさを感じてしまいますね。
 怪談とか怪奇現象というのは、割り切れない部分がたくさん残っているものです。それと理不尽さ。そういうのがなくなって消化がよくなってしまうと、"作り話"感が強くなって、ちょいと物足りなくなってしまうのです。
 まったく贅沢な話ですが。
 しかしながら、娯楽というのは本来、贅沢なものですからね。そしてすっかり堕落して、グルメ気取りなことを偉そうにつぶやいたりしてしまうのです。

"心霊写真"
監督: バンジョン・ピサヤタナクーン、パークプム・ウォンプム
出演: アナンダ・エヴァリンハム、ナッターウィーラヌット・トーンミー、アチタ・シカマーナー ほか
3990円
Amazonアソシエイト

2010年1月19日

ファニーゲーム

ファニーゲーム [DVD] 湖畔の別荘にやってきた家族が、にやにやしながら安っぽいゲームのように人を殺すふたりの若者にもてあそばれる映画です。『時計仕掛けのオレンジ』と同じ分野に入るのでしょうか。ふたりの若者はやさしそうな外見、どなったりもしません。こんなやつら実際にいるよ、と「現実が」怖くなりなす。進行はあくまでもクール。直接的な暴力映像はなく、他の人の表情を映していたり、あるいは別の部屋から音だけが聞こえてきたり、もしくはすべてすんだ後――顔が腫れあがっていたり、とすべては想像におまかせにしてあります。映像的にはおもしろい作品です。ふたりの若者が逃げだしたとき、その場に残された母親が"ぼーっ"としているところを長回しにした場面はすばらしいできです。

 後味は、悪いというより、物足りない
 終盤、若者たちに都合の悪いできごとがおこります。すると、ビデオのリモコンをさがして巻き戻し、みている画面が巻き戻って、さっきのは無しになります。そういう"実験的"もしくは"前衛的"といわれる演出が一回だけでてきます。いちおう、いきなりそういうことをやった、というわけではなく、映画のかなり早い段間で、登場人物が画面に向かってウィンクするなど、これは映画であり僕はそれをわかっているよという(メタ構造の)指摘はしているのですが、印象としては唐突感が強いように私は思います。
 また、若者の間で、いきなり、虚構と現実についての会話が交わされます。
 犯人の若者たちは、映画の中の他の登場人物だけではなくて、観客をも愚弄している、と解釈することはができますが、自分には、この終盤の煙に巻くような展開には問を感じます。
 一般の観客には「なんだこりゃ?」ととまどわせるだけでしょうし、あるていど映画にくわしいマニアにはまったくものたりないものになっています。
 映画では「前衛」とよばれる、実験的な映画をつくりまくっていた時代が過去にあります。
 だから、ただ、ちょっと変わったことをやって「すげえだろ」「おれ天才」と、どや顔をされても、変わったことをするだけだったら過去に死ぬほどそんな映画があるんだよ、ということになるわけです。
 過去にどういうふうな映像的な実験がなされてきたかを体系的にまとめた本が、映像を付録にして、一般に流通されればいいのにと思います。作る方は大変ですが。実験的な映画はたいてい観るには退屈ですから。そういうものができればこれを下敷きにして、現実に縛られない変わった表現方法を生かしたおもしろい作品がもっとでてくるはずです。
 たいていの場合、実験的な表現がすでにあると知らないから、てきとうに実験的なことをやって、しかも、やっただけで価値があると勘違いして、てきとうに垂れ流してしまうことが多いように感じます。

 監督が、若手だったら、そういう垂れ流しを調子に乗って最後にやってしまった、ということがあるかもしれませんが、この監督はそうではありません。1942年生まれ、現在67歳。大学で演劇の勉強をしているので前衛・実験的というのには触れているはず、です。だから、ちょっと調子に乗っちゃったということではないはずです。

 じゃあどういう意味があるのかなと想像すると、他の映画制作者にたいしての皮肉、疑問なしに映画を観て、評価している観客への皮肉、ですよね。賛成されなくてもいいから、ゆさぶりをかけたい、停滞はいやだ、という意欲の表れなのでしょう。

"ファニーゲーム"
監督: ミヒャエル・ハネケ
出演: ズザンネ・ロータ、ウルリヒ・ミューエ、アルノ・フリッシュ、フランク・ギーリング ほか
3990円
Amazonアソシエイト

2010年1月 2日

戦術と指揮

戦術と指揮―命令の与え方・集団の動かし方 (PHP文庫) (文庫) 右に折れる道があり、部隊をどこに配置したらよいか、カーブの前か、カーブの後か、それともちょうど曲がり角か? そういう基本的な用兵がわかる本です。

 さがしてみると意外とこういったことを教えてくれる本はなく、たいへん助かります。

 ゲーマーにおすすめですが、いつかどこかの国に攻めこまれたとき、仲間を守るために役立つ知恵になるかもしれません。いくら平和になっても暴力は力だから。いや、平和になるほど力は増すかな。対処の仕方を知らないし、話せばわかってくれるとかいって無抵抗だし。暴力に屈せぬためにも暴力をよく知っておくことが大切です。

"戦術と指揮―命令の与え方・集団の動かし方"
松村 劭
PHP文庫
740円
Amazonアソシエイト

2010年1月 1日

フロム・ヘル

フロム・ヘル 下 (単行本(ソフトカバー))フロム・ヘル 上 (単行本(ソフトカバー)) 切り裂きジャックを描いた長篇コミックです。犯人像・事件背景はスティーブン ナイト『切り裂きジャック最終結論』を元にしているそうです。犯人を推理した"切り裂きジャック本"のひとつで、王族の隠し子をネタにおどして金をとろうとした娼婦たちが口封じのために殺されたのだというのがその主張になります。口封じにはフリーメーソンが深く関与し、そのメンバーで、女王の主治医である実行犯であるとしています。発表当時は、オカルト本で有名なコリン・ウィルソンが絶賛するなどして話題となりましたが、しばらくすると評価は急降下し、こき下ろされるようになります。この本は、綿密な調査の結果をもとにしているのではなく、"王族の隠し子の息子"を自称する人物の話を根拠にしており、事実かどうかはともかく、話としてはおもしろく、『フロム・ヘル』の作者はそこに魅力を感じたようです。『切り裂きジャック最終結論』をどう評価してどう用いたかは、下巻の巻末に作者による注によって知ることができます。けっこうな量がありますが、創作の秘密に触れられることもあって、けっこうたのしく読んでいけます。

 絵は細い線で描かれていて写生画よりのタッチ。デッサンがやや崩れたりもしているところがいい味になっておりドキュメンタリーであるかのような空気を生みだしています。

 物語を構成する要素のひとつひとつは、それほど目新しいものはありません。たとえば、「犯人である医師が幻視を体験し、ある種、宇宙的な、場所にも時間にも縛られない視野を得て、一時的にでも超越的な存在となる」というクライマックスも、日本の創作物に普段からふれていればめずらしいものではありません。『攻殻機動隊』のラストで主人公の草薙素子が体験する"ネットワークの海(宇宙)"などがあります。手塚治虫の『火の鳥』にもこういう結末があります。神憑り的にすべてを悟るクライマックスは、新しいどころか"伝統的"という言い方が似合う物語のパターンです。
 そういった要素の単純な目新しさではなく、語りの方法と物語の構成によって、深い味わいと満足いく読みごたえが作られています。

 ところで、作中、犯人である医師が、共犯となる自分の御者をつれて、ロンドンを案内します。御者はもちろんロンドンにはくわしく、わざわざふつうの案内をされる必要はありません。建築家ニコラス・ホークスムアの建てた教会の秘密の意匠を見せてまわるのです。
 その道すがら医者が語る話に、古代の女権社会の残酷性があります。報復のためにいくつもの町を焼きつくし廃墟にし住民を皆殺しにした、ケルト人イケニ族の女王ブーディカとりあげられます。ロンドンの地層にはその時の記録が半インチの黒い帯として残っているのだそうです。そのような力の奔放な反乱を抑えるために父権社会がつくられたのだと医師は主張します。
 一部のフェミニストは、戦争は男社会のせいだ、みたいなことをいいますが、逆の意見もこんなふうにでてくるんですね。
 嫌なことはみんな他人のせいにするわけです。

"フロム・ヘル"上下巻
アラン・ムーア 作、エディ・キャンベル 画、柳下毅一郎 訳
みすず書房
各2730円
上巻Amazonアソシエイト
下巻Amazonアソシエイト