2010年7月22日

宮城谷昌光 『三国志』 第4巻

三国志〈第4巻〉 (文春文庫) (文庫) 三国志にはたくさんの人物がでてきます。 そのなかにはよくわからない言動をしている人がいます。

 3巻のときの感想に書きましたが、劉備も自分にはよくわからないところがある人です。でも、宮城谷さんの『三国志』で、劉備は任侠の人なんだと知り、彼の心理をちょっとだけを理解できた気がしました。

 わからない人の筆頭は、皇甫嵩です。後漢の武将で、董卓が中央を支配したとき、対抗できるだけの大軍をしたがえていましたが、なにもせず、朝廷から呼ばれると軍を置いて、いそいそと参内、もちろん董卓の罠なので捕まって牢に入れられてしまいます。皇甫嵩の息子が董卓と交流があったのでそのとりなしによって牢からだされますが、公の場で董卓にうながされ頭を下げさせられるパフォーマンスまでさせられました。ここで頭を下げたことで、この人はもうダメだと周りから思われるようになりました。董卓の死後も朝廷に仕えていたようですが表舞台にあがることはありませんでした。
 この人は何に使えていたんだろうと、まったくふしぎでなりません。
 ずっと異民族と戦ってきていたので武力は高く、臆病者ではありません。堂々とした人物のようです。しかし、自分から捕まりにいってしまい、董卓に頭を下げるのも屈辱ではないようです。皇帝を助けない。しかし、そのあとも武将として仕えている……。わけがわかりません。彼なりに論理は一貫しているんだろうけれども。

 袁紹もわからないところがあるひとです。積極的なときと消極的なときの差があります。都にいるときは、朝廷に巣食う宦官を駆逐しようと、かなりアグレッシブに行動します。最後には、董卓を都に招きいれることになったほです。後に、その董卓を討つために集結した連合軍の総大将になりましたが、このときはなにも行動をせずまったく動きませんでした。反董卓軍の総大将のときだけを見ると、"名門の出ではあるけれど経験が少なく実力もまだない"という評論もできるけれど、それ以前には行動力を見せています。まるで人が変わってしまったようです。

 一方、わかりにくかったけれどこの小説で見ると理解できるようになったのは趙雲です。劉備とはじめて会い、一緒に戦い、劉備に仕えたいけれど、今はダメだというとき、演義だと今は公孫瓚に仕えているので劉備に仕えることができないのですといって「泣き」ます。幼児性が強いんです。それが、この小説では、劉備と関羽・張飛の関係性の強さが理由になっています。野外では一緒の天幕(テント)で川の字になって寝るというほど密接な関係にある関羽と張飛が劉備に人を近づけないんですね。「劉備>関羽・張飛>>>越えられない壁>>>兵士」の図式が強固にできあがってしまっている。そのため、自分の居場所がなく、おそらく排除されてしまうのでは、と判断した趙雲は、劉備の陣営に参加することをいったんあきらめます。将来、大きな組織になれば自然に人が必要になるだろう、と考えます。これは史実ではなく、作者の創作だと思いますが、妥当なところではないでしょうか。この時期に、劉備の仲間になりたくてもなれなかった人は趙雲ひとりではないでしょう。


 4巻は、合戦が多くなり、ここまでの宮廷を描いた陰湿なストーリーとはだいぶ雰囲気が変わりました。

 なお、現在は、文庫版はこの4巻までです。秋には5、6巻がでて、以降、年一冊のペースで刊行されるようです。単行本先行しているので、5、6巻を買って、そのあとは単行本を読んでいこうと思っています。

"三国志〈第4巻〉"
宮城谷昌光
文春文庫
630円
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