宮城谷昌光 『三国志』 第8巻
関羽が戦死し、曹操が寿命をむかえ、張飛が死に、劉備も死ぬ。この巻で一区切りがつきます。
関羽は魏を攻めるために北上、孤立しており、そこを狙った呉軍に完全に包囲されてしまいます。
このころの関羽はかつてのように劉備の命令をかたくなに守る一途な男ではなくなっていて、劉備との連絡をとらず、独立勢力のような状態になっていました。諸葛亮の存在が劉備と関羽のの隙間を開いたのは確かだろうし、劉備が一兵卒とおなじように関羽を放置して逃げていった過去も不満だったろうし、劉備陣営お得意の流浪にも限度があってここで終わりならもはやすべて終わりだという状況もよくわかったいただろうし、関羽の態度が変わったのには複数の理由がありました。劉備のことはあいかわず好きだけど、以前のような強く結びついた生活を求めても失望させられるだけだし、こちらからは求めない、こっちから拒絶してるんだから当たり前、という姿勢をとって自分を守っていたのでしょう。そして〈リュービズム〉を貫いたわけです。
復讐におもむいた劉備ですが、なにを倒すのか、目標を定めずに戦争を始めてしまいました。遅い進軍、長く伸びる兵站。補給路を断たれてしまったところで、最前線にいる劉備はおしまいです。
さすが逃げ足の速い劉備は激しい追撃をかわして白帝城に逃げこみます。またしても兵はすべて捨てられます。
劉備は都にもどることなくこの地で亡くなりました。
多くの国民をむだに死なせ、政治でも特にすぐれて善政を敷いたこともない。
劉備は、よい皇帝にはなれませんでした。
作者は劉備の最期を「曹操の有為に対して劉備の無為は、秘めた徳というべき玄徳に達したか、どうか」という言葉でしめています。
オンリーワンではありましたがナンバーワンにはなりませんでした。それでよいなら、よいでしょう。
以降は、諸葛亮が活躍していきます。『三国志演義』ではすでに有名人になっていますが、歴史ではこの時点ではまだ無名です。



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