2011年8月28日

『オーロラの彼方へ 』

 父の形見の無線機をいじってみると、30年前のまだ生きているころの父親と無線がつながってしまう。主人公は、消火活動中に事故死してしまう父にメッセージを送り、その命を救おうとします。……

 タイムマシーン(タイムパラドックス)ものです。
 センチメンタルでハートフルに進むお話なのかなと思っていたら、あれれ? 連続殺人がからんでくる? スリルある展開にながれていきます。意外なおもしろさです。

 Amazonでは評価が高く「今まで観た映画の中で最高」という方までいるほどでした。特に心にうったえるものがあったのでしょう。自分としてはそこまでではないものの高得点の映画でした。
 なお、現在は中古のDVDしか出まわっていないようです。

"オーロラの彼方へ "
監督: グレゴリー・ホブリット
出演: ジェームズ・カヴィーゼル、デニス・クエイド ほか

2011年8月21日

2011年6月4日

 書くのがだいぶ遅れましたが、行ってきました。昼の部です。

 スフィアのライブだとすぐ立つことになりますが、今回のソロライブは、さいごまで座ったままでいられました。

 愛生ちゃんの曲は、メロディがまず楽しくて、そして詩がまた心地いい。音楽の制作者選びに、自身の音楽の趣味がとても生かされていると思います。
 ラストには、おしゃべりのコーナーもたっぷりとあります。
 老若男女、楽しめると思います。(中高生も、おじさんおばさんも、もっとくるといいと思う)。



 おかえりラジオの花も撮れば良かったです。失敗。

 また、ネットで、グッズの先行販売をやっていたため、グッズの売り場は混んでいませんでした。自分は、その日使うタオルだけ買って入場しました。

 

『ダメな議論』

ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書) 正しいといわれている(思っている)意見が案外、論拠とつながってなかったりと、ネットにかぎらず、テレビ、新聞、雑誌、書籍にもあり、そういう、無用でときとして害をなす意見を見抜くコツが語られています。

 しかしながら、なんでそういったダメな意見が堂々と世の中にはびこっているのでしょう? 著者は以下のように指摘しています。

 ひとが、ある意見を正しいと思って受け入れるとき、その意見が本当に正しいかどうかを精査して決めているのではなく、自分が今持っている意見に沿うものであったり、こうであってほしいという感情に合致するものを受け入れているのだそうです。
 これは現代にかぎった話ではなく昔からのことのようで、韓非子という中国の古い書籍にも書かれていて、ひとに意見をいうことの難しさは、その意見を述べるための充分な知識を持つことでもなく、意見をわかりやすくする技術でも、意見を相手にぶつける度胸でもなく、相手の心を知り自分の意見をうまくそこに合わせることだ、と述べられています。

 この本もたぶんそれを計算して「正しい意見をいっているはずなのになんで受け入れられないんだろう」と思っているひとたちの溜飲がさがるように、いやいや正しい意見だから受け入れられるんじゃなくて、たいがいのひとは気分で意見を選んでいるだよ、と序盤で書いているのでしょう。
 そういうひとたちがこの本を手に取るだろうと想定して。

"ダメな議論"
飯田泰之
ちくま新書
Amazonアソシエイト

2011年8月18日

『シャッターアイランド』

シャッター アイランド  スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]  孤島に隔離された精神病院に、連邦保安官のテディ・ダニエルズは捜査のためにやってきます。完全な密室から、ある女性患者がこつぜんと姿を消したというのです。表面上は親切でもけして協力的とはいえない病院関係者たちのために捜査はなかなか進みません。ダニエルズは頭痛になやまされ、トラウマとなっている個人の過去のできごとがフラッシュバックするようになります。

 物語は、ダニエルズの過去と絡んできて、そして別の側面を見せはじめます。
 終盤では、ふたつの面のどちらかに転びそうで転ばないような展開も見せるのですが、最終的にはもうひとつのほうへ転んでしまいます。これは、個人的に残念。どちらなのだろうかわからないまま終わるのが好みです。しかし、原作つき *1 でスコセッシの作品ということなので、この結末がベストでしょう。墜ちた人間がとる行動をラストにさっと描いてみせるのはスコセッシらしいと思います。

 また、仕掛けが多く、2度目がとてもたのしい映画です。

"シャッターアイランド"
監督: マーティン・スコセッシ
出演: レオナルド・ディカプリオ、マーク・ラファロ ほか
Amazonアソシエイト
*1: 『ミスティック・リバー』の作者です。

2011年8月13日

『ひだまりスケッチ』アニメ4期決定


めでたい

2011年8月 4日

宮城谷昌光 『三国志』 第9巻

三国志〈第9巻〉 孔明の活躍がみられる第9巻です。

 「孔明の罠だ!」
 でおなじみの諸葛孔明は、実際には正攻法で戦うひとでした。
 最初に魏を攻めたときは下手でしたが、段階を追って戦いがうまくなっていきます。

 その最初の戦いで、諸葛亮がひいきにしていた部下の馬謖がミスを犯します。兵法書の『孫子』に「水のそばはダメ、とにかく上がいい」と書いてあるんだからこれが一番と、仲間の反対がありましたが押しきって、山の頂上に陣を構えます。馬謖の軍は敵に包囲され、そして飲み水が絶たれた状態になってしまいます。馬謖の軍は士気が下がり、万全な準備をととのえた敵軍にまったく歯が立たず潰走。馬謖は逃げる際になんの指示もださなかったため、このまま全滅か? とも思われましたが、馬謖が山の頂上に陣を構えるのに反対して自分の配下だけを連れて山を下りていた部下の王平が敵軍を遮り、窮地を救われます。
 
 馬謖がおさえるはずだった場所・街亭は、魏が北西へ軍を送るときに通る道にあって(北側に遠回りになる)、ここを通られてしまうと、中央と北西部を分断し北西部を離反させる作戦がうまくいかなくなり、諸葛亮の本隊が孤立し補給を断たれる可能性もあるために、早々に撤退。諸葛亮の戦争は初手から失敗ということになりました。

 馬謖は処刑。敗戦の全責任を取らされます。責任転嫁の部分もありますが、諸葛亮がアウトだと蜀という国もアウトになるので、おそらく、誰も文句をいわなかったのだと思います。

 この戦争は、連携がまったくとれていなかったり、北西部に別働隊を送ったりしており、手を広げすぎたきらいがあります。諸葛亮の作戦ミスも大きいでしょう。

 頭の中だけで事を進めすぎたのは馬謖も諸葛亮もいっしょです。

 馬謖への罰は、降格するぐらいがよく、処刑する必要はなかったと思います。諸葛亮がそうであったように、敗戦の経験を糧に戦をかさねていけば馬謖も強くなったかもしれません。

 孔明は馬謖の処刑に際して涙を流し、それが「泣いて馬謖を斬る」という故事になったそうですが、これは理解できません。馬謖をまるで自分の(分身の)ように感じていたのなら、(いいわるいはべつとして)、少しは理解できる気がするのですが、この故事について一般でいわれているような理由で涙を流していたのならば、ここだけ孔明ではない、まるで別人のように感じます。

◆参考リンク◆
「電網将校参謀本部」内『孫子の兵法 完全版』→こちら
「姜維戦争全史」内『228年、第一次北伐(諸葛亮) 』→こちら、『228年、街亭会戦 』→こちら

"三国志〈第9巻〉"
宮城谷昌光
文藝春秋
1700円
Amazonアソシエイト