2010年8月31日
2010年8月29日
2010年8月14日
狂乱家族日記 番外そのさん
2010年8月 8日
2010年7月26日
狂乱家族日記 拾さつめ
2010年7月22日
宮城谷昌光 『三国志』 第4巻
三国志にはたくさんの人物がでてきます。 そのなかにはよくわからない言動をしている人がいます。
3巻のときの感想に書きましたが、劉備も自分にはよくわからないところがある人です。でも、宮城谷さんの『三国志』で、劉備は任侠の人なんだと知り、彼の心理をちょっとだけを理解できた気がしました。
わからない人の筆頭は、皇甫嵩です。後漢の武将で、董卓が中央を支配したとき、対抗できるだけの大軍をしたがえていましたが、なにもせず、朝廷から呼ばれると軍を置いて、いそいそと参内、もちろん董卓の罠なので捕まって牢に入れられてしまいます。皇甫嵩の息子が董卓と交流があったのでそのとりなしによって牢からだされますが、公の場で董卓にうながされ頭を下げさせられるパフォーマンスまでさせられました。ここで頭を下げたことで、この人はもうダメだと周りから思われるようになりました。董卓の死後も朝廷に仕えていたようですが表舞台にあがることはありませんでした。
この人は何に使えていたんだろうと、まったくふしぎでなりません。
ずっと異民族と戦ってきていたので武力は高く、臆病者ではありません。堂々とした人物のようです。しかし、自分から捕まりにいってしまい、董卓に頭を下げるのも屈辱ではないようです。皇帝を助けない。しかし、そのあとも武将として仕えている……。わけがわかりません。彼なりに論理は一貫しているんだろうけれども。
袁紹もわからないところがあるひとです。積極的なときと消極的なときの差があります。都にいるときは、朝廷に巣食う宦官を駆逐しようと、かなりアグレッシブに行動します。最後には、董卓を都に招きいれることになったほです。後に、その董卓を討つために集結した連合軍の総大将になりましたが、このときはなにも行動をせずまったく動きませんでした。反董卓軍の総大将のときだけを見ると、"名門の出ではあるけれど経験が少なく実力もまだない"という評論もできるけれど、それ以前には行動力を見せています。まるで人が変わってしまったようです。
一方、わかりにくかったけれどこの小説で見ると理解できるようになったのは趙雲です。劉備とはじめて会い、一緒に戦い、劉備に仕えたいけれど、今はダメだというとき、演義だと今は公孫瓚に仕えているので劉備に仕えることができないのですといって「泣き」ます。幼児性が強いんです。それが、この小説では、劉備と関羽・張飛の関係性の強さが理由になっています。野外では一緒の天幕(テント)で川の字になって寝るというほど密接な関係にある関羽と張飛が劉備に人を近づけないんですね。「劉備>関羽・張飛>>>越えられない壁>>>兵士」の図式が強固にできあがってしまっている。そのため、自分の居場所がなく、おそらく排除されてしまうのでは、と判断した趙雲は、劉備の陣営に参加することをいったんあきらめます。将来、大きな組織になれば自然に人が必要になるだろう、と考えます。これは史実ではなく、作者の創作だと思いますが、妥当なところではないでしょうか。この時期に、劉備の仲間になりたくてもなれなかった人は趙雲ひとりではないでしょう。
4巻は、合戦が多くなり、ここまでの宮廷を描いた陰湿なストーリーとはだいぶ雰囲気が変わりました。
なお、現在は、文庫版はこの4巻までです。秋には5、6巻がでて、以降、年一冊のペースで刊行されるようです。単行本先行しているので、5、6巻を買って、そのあとは単行本を読んでいこうと思っています。
2010年7月 9日
狂乱家族日記 九さつめ
前回で、クラゲさんこと月香が持てる力を使い果たしてしまい、そのため今回は赤ちゃんになってしまった月香とそれになじめない優歌というのを物語のタネにしたお話です。
優歌は、鬼と評される非情な一族の生まれで、一族の最年少者はおもちゃがわりに皆からいたぶられる掟(おきて)のもとでいじめられ続けていた女の子です。月香が妹的な立ち位置につくと、優歌はむしょうにイライラして月香をいじめたくなってしまいます。
子どものころDVを受けていたひとが親になると子どもに暴力をふるってしまう悪循環を想起するエピソードです。
それにくわえて、これまで月香のひとりごとのなかにでてきた人物「泪雨夜」「朝夜」が過去エピソードとして登場します。ここには「閻禍」もでてきます。ただしふつうの青年として。人々をころしまくった怪物だったはずなのに? という楽しみな「終幕の序章」になっています。
2010年6月15日
日本外交史概説
日本の外交の歴史を幕末から現代(湾岸戦争)までざっくりと読んでいける本です。
概念を説明する第1章は正直つまらないのですが、それ以降の歴史の記述に入っていくとおもしろくなります。第1章は最後にふりかって読んでみるのが正解でしょう。
傾向として、日本に対して批判的ですが、日本の外交をあつかっているのだし、学校のテキストとしてつかえるものとして書かれているので、批判的に見ていくのは当然だとは思います。でも、他国あっての外交なので、日本だけがダメといわれるのは公平ではないかなとも感じました。とくに戦時中の行為に関しては短いながらも辛辣に批評するのですが、他国の同様の行為に対しては「外交手段」としてスルーです。どこかにあるかもしれない架空の星の上にある国々の歴史をあつかうかのように、ドライに接してもらったほうがよかったように思います。
といいながらも、戦時中は、欧米の植民地化からアジア諸国を解放する方向を徹底的につらぬいていっていれば同じ敗戦でもだいぶイメージが変わってアジア外交ももっとしやすくなっていたのではないか、とは思うけれど。
欧米と同じ立ち位置をとってしまったのは失敗でした。本を読んでいくとわかりますが、史実よりうまく立ち回っても、けっきょく日本は追いつめられて戦わざるを得なくなっていただろうから、せめて破れたときに傷ひとつない大義を掲げられていれば光り輝いていられたでしょう。
それから、日本国民は意外と戦争に対して(というか他国に対して)「行け行け」でした。日露戦争のときそうだった、というのは本で読んだことがあったんですが、もっと前からそうだったようです。
2010年6月 6日
グラーグ57
とてもおもしろく、読むのが遅く、飽きっぽい私がかぶりつきになって、二日で読み終えてしまいました。
推理小説が持つようなサスペンスの味わいは前作よりも薄くなり、冒険小説ぽいテイストが強くなっています。
難を強いてあげるなら、結末の付け方が、軽い気がします。ずっと大変な目に遭わせられてきたのでハッピーエンドなのは適切な選択なのですが、ちょっと軽くて、最後の最後で肩すかしを食らわされたようになります。
このシリーズは3部作で、次回完結ということなので、オーラスの収め方にも期待です。
2010年5月 9日
宮城谷昌光 『三国志』 第3巻
宮城谷版 『三国志』は、三国志の英雄が生まれる前から物語が始まり、後漢の終焉が語られてゆきます。
後漢王朝の衰退は、主にふたつの原因があるといわれています。
ひとつめは「外戚」とよばれる「皇帝の妃の一族」。娘の親であったり兄弟であったり一族のほとんどが高い位につき権力を持ちました
*1
。
もうひとつは「宦官」。皇帝など王族個人につかえる召使いです。特徴として、生殖器を切り落としていることがあります。
この「外戚」と「宦官」という、皇帝以外の人物が権力をにぎり、政治をないがしろにして、国を荒廃させ国民を苦しめました。
権力に近い存在には、もうひとつ「官僚」があります。大臣や武将のことです。後漢の初代皇帝の光武帝によって、皇帝の許可なしには物事が進められない状態にされ、「官僚」の権力は皇帝のものとなっていました。
皇帝に権力が集中しているため、皇帝が無能であったりすれば、すぐに国の乱れに結びつきます。権力者以外がいくら有能でも、権力者が聞く耳をもたなければ修正は不可能です。
光武帝は名君として評価されていますが、王朝の組織には欠陥を残してしまいました。著者も指摘していますが、これもまた光武帝の個性の反映なのでしょう。
「外戚」と「宦官」の横暴を宮城谷版 『三国志』は鄧太后の摂政から描き始めます。
和帝の后(きさき)であった鄧氏は、27歳で亡くなった和帝の跡継ぎを、長男は治らぬ病をもっているからと外して、生後100日ほどの赤ん坊である隆(殤帝)としました。けっこう無茶な選択だと思うのですが当時はそれが通ってしまう状況だったようです。しかしその赤ん坊の皇帝は八ヵ月後に亡くなってしまいます。あらたに祐(安帝)を皇位につかせました。鄧太后は兄を大将軍の地位に就け、権力を掌握しつづけます。ただ、鄧太后は善政を敷いています。鄧太后が后(きさき)であった和帝の時代に、太后とその兄が権力を掌握、という同じ図式で専制がおこなわれていました。こちらは評判が悪かったため、似た状況にある鄧太后はつねに比較されることになります。それとは違うのだという答えをきちんと出した鄧太后ですが、この権力の構造を変えることはしませんでした。一度だったらそれは単なる失敗にすぎませんが、二度続けてしまうとあとにつながる前例となってしまいます。鄧太后は意図せずに後漢王朝の欠陥を顕在化させてしまいました。
ちなみに、和帝は宦官を使って権力を握っていた外戚を暴力的に排除しました。外戚の台頭と宦官による排除のパターンはこのあとも繰り返されます。しかもパロディのようにバリエーションをひろげながら。宦官が外戚を倒すたびに宦官が力を持つようになり、ついには宦官を外戚が倒さなければならなくなっていきます。
曹操の祖父である曹騰は宦官でした。順帝即位のために権勢をふるっていた外戚を仲間とともに倒します。その功績によって、それまで宦官は一代かぎりだったのですが養子をとれるようになりました。のちに曹操の父となる曹嵩を養子にむかえました。
『三国志』 の一巻は、その曹騰が活躍するクーデターと、王朝のつぎなる災難のはじまりが描かれます。
二巻は、横暴をきわめた外戚・梁冀が王朝を揺るがす化け物となっていき、ついに桓帝と側近の宦官とによって誅殺されるまでが前半で、後半は「党錮の禁」になります。力をつけてきた宦官たちと、それを批判する外戚や官僚および地方豪族たちとの衝突です。宦官たちは反対派を一斉検挙しました。この巻から、曹操、劉備、孫堅らがでてきます。
そして三巻では、ついに董卓を中央にまねきいれてしまいます。反董卓の挙兵。行動しない反董卓連合にあいそをつかした曹操は自分の兵をひきつれて戦いにのぞみますがあっけなく敗北。一方、檄文がとどいた孫堅は連合軍とはべつの地から兵を挙げ、初戦は大敗したもののすぐに軍を立てなおし勝利をつかみ進軍、董卓自身がひきいる軍を破ります。本格的に「三国志」が始まります。









