2009年5月18日

英雄なき島―硫黄島戦生き残り 元海軍中尉の証言

英雄なき島―硫黄島戦生き残り 元海軍中尉の証言 (単行本) 海軍中尉であった大曲覚氏の証言を著者がまとめたもの。
孤立した島での絶望的な戦いが語られます。

 組織だった戦闘は数日で崩壊し、あとはもう逃げ隠れるだけ、塹壕にひそみ、夜になると外に出て水たまりをさがし、米軍が残した食料を見つける。
 米軍は塹壕を見つけると、ポンプで海水を流し込み、そのあとにさらにガソリンを流し入れて、ダイナマイトで火をつけたのだそうです。最初に海水を入れるのは水責めではなく、ガソリンが奥まで届くようにするための工夫で、水が押し寄せてもまだ残っていた空間は火の海になるのだそうです。ここまでされてもまだ生き残ることはなんとか可能で、夜になってから、べつの隠れ場所をもとめて移動します。
 このサバイバルの描写は、読んでいてつらくもなりますが、読み応えがあります。

 投降する・捕虜になるという選択肢を兵士にあたえなかったのは旧日本軍の失敗のひとつのように思います。
 孤立した中ででも戦わなければならない状況というのはあるものですが、あきらかに戦えない状態になっても、まだどうにかしろというのは同胞を大事にしていないと思います。

 大曲氏が本の中で、もうダメだという状況で最後におこなう「総攻撃」を批判しています。それは軍隊がおこなう組織だった攻撃ではなく、あとは自分たちでどうにかしろ=俺はもう指揮をとらないという指揮官の無責任であり、「最後まで立派に戦った」わけではないのだと、実際には日本流の言葉のごまかしでしかなかったのだということです。

 日本は、集団を重んじる社会だけれど、「組織」としてはかなり未熟なようです。「集団」という言葉さえまだ的確ではなく、群れるだけ、なんじゃなかろうか。群れの論理(ムラの論理?)が機能しているから、それでも集団なのかな?

 ところで、玉砕せず、ちゃんと降伏させた昭和天皇はちゃんと指揮官の責任をはたしたんじゃないのだろうか。とかいうのは詭弁か? すくなくとも、負けちゃったからって天皇陛下にすべての責任を押しつけるやからはどんだけだよと思う。

 閑話休題。
 その他、栗林中将への批判や、海軍のうごきのだめさ(陸戦をまったくわかっていない)や、記録にはのこっていないが現地で急ごしらえした原始的な新兵器が米軍に大ダメージをあたえたのではないかという考察などがあります。

"英雄なき島―硫黄島戦生き残り 元海軍中尉の証言"
久山 忍
産経新聞出版
1680円
Amazonアソシエイト
オンライン書店ビーケーワン

2009年5月16日

アメリカン・デス・トリップ

Amazon.co.jp: アメリカン・デス・トリップ 下 (文春文庫 エ 4-14): ジェイムズ・エルロイ, 田村 義進: 本Amazon.co.jp: アメリカン・デス・トリップ 上 (文春文庫 エ 4-13): ジェイムズ・エルロイ, 田村 義進: 本 アンダーワールドUSA3部作の2。
 ケネディ暗殺の後始末からストーリーは始まります。その後は前作でつぶされたキューバ侵攻作戦を再実行するための資金稼ぎとしてベトナムでヘロインを生成、軍の輸送機で密輸する計画を実行。そして、余計なことをし始めたロバート・ケネディとキング牧師へ謀略をめぐらす。

 大きな歴史的事件が軸となってそれに沿う形で物語が進行するため、ページ数が多く、主要人物が3人いて、それぞれにエピソードがたくさんあるにもかかわらず、全体的にシンプルな物語であるかのような印象を受けます。

 うまく立ち回っているが、だからといってかならずしもうまくいっているとはいえず、それを自覚していて弱ってきている登場人物というのは意外とエルロイ作品にはなかった要素かもしれません。だいたい弱い人物は死んでしまうか描写からはずれてしまうので、こうもよたよたしたようすを長々とみせているのはめずらしいことです。

 ところで、この本のハードカバー版が「このミステリーがすごい! 2002年」の第2位になっていたそうなのですが、それって大丈夫なんでしょうか。これは犯罪小説ではありますが、推理小説という意味でのミステリーではありません。そんなに不作なんでしょうか、ミステリーって‥‥・。

"アメリカン・デス・トリップ"
ジェイムズ・エルロイ
文春文庫
上下各1160円
Amazonアソシエイト

V フォー・ヴェンデッタ

Amazon.co.jp: V フォー・ヴェンデッタ (SHOPRO WORLD COMICS): アラン・ムーア, デヴィット・ロイド: 本 数年前に公開された同名映画の原作コミックです。

 映画は、量産品といった感じの、よくある管理社会・独裁国家への抵抗映画になっていて、なぜかそういう問題意識をもっているひとがブログで高く評価していて、あの映画よりもおなじテーマでもっといい映画や小説がたくさんあるじゃないかと当時疑問に思ったものでした。
 凡作ゆえに、謎のヒーロー"V"がヒロインを監禁して厳しい尋問を体験させるなどストーカー的な異常性ばかりが目立ち、これは逆に抵抗運動のイメージを悪くしようとしてるんじゃないかと疑ってしまうほどです。

 原作では、ストーリーの大部分がおなじでありながら、禅問答的な不思議な印象を抱く展開になっており、映画のような単純さは感じられません。Vも最後まで正体不明の不思議な人物になっています。

 ここでのVは、映画のように独裁者とその体制を倒すだけでなく、どんな状況でも自由な生き方があることを告げ、牢獄のような体制を壊した後のことを考えています。(そういえば、昔から自由を求めるひとがすることは破壊だけだ。壊して、壊して、壊して......そのあとにまた牢獄が建つ)。

"V フォー・ヴェンデッタ"
アラン・ムーア、デヴィット・ロイド
小学館プロダクション
2520円
Amazonアソシエイト
オンライン書店ビーケーワン

2009年5月10日

現代キリスト教用語辞典

Amazon.co.jp: 現代キリスト教用語辞典―仏英独日対照: 倉田 清, 波木居 純一: 本 辞典の形式は、フランス語が見出しで、英語、ドイツ語とならび、日本語が意味欄に単語で、もしくはかなり簡単な説明が付加された形でならんでいます。絵もなく、付録として数ページ巻末についているだけです。辞書・辞典というよりは単語帳をイメージしたほうがぴったりくると思います。

 実例としては、

épines, throns, Dornen
茨(いばら),
couronne ď ~, crown of ~, Dornenkrone 茨の冠.
mosette, mosette, Schűterkragen
モゼタ [イタリア語から,教皇,枢機卿,司教および一部の大修道院長が典礼以外に着用する肘までの外衣].

 この本を宗教の初学者向けの参考書として紹介しているサイトがあったんだけど、もしかすると中身を知らないで紹介していたのかもしれないですね。

 文学の勉強を始めたひとや翻訳をなりわいとしているひとにはよさそうです。

 本の形ではなく、パソコンで使える辞書の形になっているとかなりいいんじゃないかと思います。他の辞書と並列させたり、辞書の結果をさらにネットで調べたり、ほかの情報と関連させやすくすればいいアシストをだしてくれる玄人好みの辞書になるんじゃないかな。
 ぜひ電子化を。出版社様、Justsystem様。

"現代キリスト教用語辞典―仏英独日対照"
倉田 清、波木居 純一
大修館書店
2625円
Amazonアソシエイト
オンライン書店ビーケーワン

2009年5月 8日

クアトロ・ラガッツィ ­­― 天正少年使節と世界帝国

Amazon.co.jp: クアトロ・ラガッツィ--天正少年使節と世界帝国: 本: 若桑 みどり 遙か海を越えて欧州から戦国時代の日本へやってきたキリスト教宣教師たちがいました。かれらが残した記録をもとに、外国人の視点から当時の日本の姿をよみがえらせます。
 歴史好き、戦国時代大好きなひとにおすすめです。
 日本のできごとばかりではなく、宣教師たちの母国のようすや、教会の立場、実権を握っている人たちの影響など、背景となることまで書かれているので、「どうしてこうなったのか」という状況を把握しやすく、歴史を探るおもしろさにあふれています。
 キリスト教徒には、どうかな、おもしろいのかな? 陶酔的なものじゃなくて、現実的なものが読みたいのならおもしろいんじゃないかと思います。

 外国人視点での織田信長は非常に凄みがあり怖さも感じます。性格は寡黙で気性が激しく癇癪持ちだというのでその場のつきあいを考えると難しそうなひとなんですが、目標に向かって突き進み、敵と味方の判断がきっちりしているので、意外とわかりやすい人物でもあります。じかに会ったときに怒られたりしても気にせず、相手の目標を見据えて行動していけば大丈夫な感じです。もちろん、彼の目標のために目標のためにと行動するので一生彼の部下でしかいられませんが。自分のために(違う価値観で)行動するなら謀反(敵になる)しか取る手はありません。中央で三度謀反が起こり、三度目に謀反は成功、信長は殺されてしまうわけです。
 
 信長はキリスト教の守護者となりますが、それは当時、強大な権力を持っていた仏教勢力に対抗するためでした。キリスト教は朝廷を敵に回してしまったために京都から追放の憂き目をみていました。信長は最初は様子見をしていましたが、機会あるごとに教会の後押しを進め、信長の時代が、キリスト教布教の絶頂期となりました。しかし、信長にしてみれば、キリスト教は仏教・神道を相対化するための道具にすぎなかったようで、後日、自分を神として崇める寺院を建てています。
 また、宣教師を外国との窓口とも考えていたようです。海外の情勢を知ることができる情報源であり、逆に自分のことを海外の国王に知らしめる役割を宣教師に期待していました。信長の野望である「アジア征服」への水先案内人になっていたのでしょう。
 信長が殺されていなかったらアジア征服できていたでしょうか?
(時代考証がでたらめなインチキサムライ物の創作の舞台に、信長がころされなかった世界がいいんじゃないかと思って、創作友達のMさんに訊いたら、そんなのよくあるじゃない、と一蹴されました。言った本人はいつものごとくそんなこと言ったっけ?状態だと思いますが。海を渡るサムライ、南の島のサムライ、砂漠のサムライ、外国の兵と戦うサムライ。政治状況も陰謀渦巻くし、魔術・妖術も似合うだろうし。うーん、悪くない気がするんだけど、プロになろうとしているひとの厳しい目でみるとつまんないのかもしれません。たしかに殺されなかった信長自身を描いたらつまらないと私も思います)。

 日本でのキリスト教布教の絶頂期(本能寺の変の4カ月前)に出発した天正少年使節は、その空気が変わり始めた秀吉の時代に日本に帰ってきます。そして、キリスト教迫害を体験することとなります。
 本のタイトルにもなっているので、天正少年使節の全般にわたってくわしく書かれています。
 意外だったのは、その天正少年使節の当の少年が使節として本当にふさわしいのか、というのが当時から現在にかけてまで問題になっている、ということ。
 この土地で受け入れられている証明として領主の子息クラスの人物を送る、ということになったのですが、この少年はそうではないのではないかとクレームがでたわけです。
 生きて帰れるかもわからない長旅に、大名としては跡継ぎを出すことはありえないわけです。そのために代理をたてるわけですが、東インド管区の巡察師という偉い立場にある宣教師がそれを選びました。大名家の関係者は関わりませんでした。そのため宣教師が代表をねつ造したのではないか? それどころか大名はこの使節のことを知らなかったんじゃないか?(少なくとも、領主の代表としての使者であるということを聞かされていなかったののではないか?) という、うがった見方が生まれました。
 現代は歴史家による検証だけど、当時は内部告発。おとしめてやろうってわけですよね。キリスト教の組織内部で。救われないひとはなにをしても救われないってことですか。

"クアトロ・ラガッツィ ― 天正少年使節と世界帝国"
若桑みどり
集英社
3990円(文庫版 上980円 下900円)
Amazonアソシエイト
オンライン書店ビーケーワン