2007年2月25日

さくらん

 土屋アンナの啖呵と
 おっぱい、もみもみ。

 もみもみ、もみもみ、菅野美穂。
 もみもみ、もみもみ、木村佳乃。

 男ってそんなとこしか観てないんだから、やぁーねー、みたいな。そんな「さくらん」は、吉原の女たちを映画です。

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 監督の実花さんは写真家だけあって、画だけで場が持ちます。構図に独特の美しさがあります。例外は、吉原の通りを俯瞰でみた場面。CGだと思うんですが、消失点一個きめて線をちゃっちゃと引いて作図して作ったような単純な遠近法で描かれた通りの画がすごくつまらないんです。これ以外はとてもすばらしいできばえです。

 この美しい舞台で、土屋アンナ演じる主人公の、遊女であるけれどその境遇にあきらめず恋に生きていく姿が描かれます。遊女が恋することの地獄と、女たちの妬みがギチギチと軋むさまが、スパイスとしてピリッと効いてきます。

 キャストは、女将の夏木マリが妖気を漂わせています。その旦那で楼主を石橋連司が。このふたりは妖怪ですね。さらにもうひとり、菅野美穂も、ホラーで鳴らした怪物の魅力をトップの花魁として発揮しています。それ以外の配役もなかなかみごとに決まっています。

2007年2月21日

世界最速のインディアン

stub-theworldsfastestindian.jpg インディアンというのはアメリカの古いオートバイメーカーの名まえです。主人公の老人が若いころに手に入れたそのバイクでスピードの世界最高記録に挑む物語です。
 おじいさんとスピードという取り合わせがよい感じです。

 主人公は、ニュージーランドから貨物船でアメリカのロサンゼルスへ渡り、ハリウッドへ。おんぼろの車を買ってスピード競技が行われるソルトレイク・シティへと旅します。この珍道中がなかなか楽しい。デヴィッド・リンチがトレイラーで旅する老人を描いた映画「ストレート・ライフ」とおなじおもしろさがあります。

 シンプルなストーリーのドラマですが最後まで飽きさせずに見せてくれます。

 ラストの作りが、このまま引退?それとも死んじゃうの?と思ってしまうような演出になっているんですが(とくに家にもどって倉庫へ入るところの場面)、最後には字幕で「この後、何度も競技に参加して自らの記録を塗りかえ続けた」と表示、思わせぶりな演出をすべて無駄にしています。制作者の意図がわかりません。ここがマイナス点です。もしかすると、もう、終わっちゃうと思った? へへへ、まだまだやり続けたんだぜ、この男は、と思わせたかったのかもしれません。でも、そうなら、ちょっと下手ですね。もったいないです。

2007年2月11日

どろろ

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 主人公"百鬼丸"と旅することになる"どろろ"の汚い言葉で啖呵を切る威勢の良さと、ふるまいのコミカルな動きが笑いをさそいます。映画そのものをひっぱっていくキャラクターです。

 時代設定は原作と違って、架空の世界になっています。ストーリー的には変更する必要性は感じられずく、セットや衣装や小道具などの時代設定をきちんとやらないですませるための変更のように思います。

 見た目の動きのおもしろさで勝負する場面は、人物がきっちり正確に動かなければきれいにみえないのですが、そこらへんが雑になっています。これは時代劇全般に感じます。この映画だとオープニングでそれが見られます。戦闘後の死者で埋めつくされてる草原を、5人ぐらいの武者が槍を持って生き残りを探している場面なのですが、死んだまねをしていた男が立ちあがって逃げようとしたところを5人が一斉に槍で刺します。リアリティからするとこんな場面はまずありえません。扇状にみえるという形にこだわってつくった場面です。オープニングにインパクトをあたえるための演出でしょう。しかし、5人の武者の動きがそろっていない。刺した後によろよろしているのがいる。もう、シチュエーションがまったく台無しになっています。美的にするならもっとがんばってくれないといけません。

 物語のポイントは、"親殺し(親子関係)"と"復讐(はきりがないからやめよう)"でした。とくに新しいことはいっておらず、ごくふつうに主張されています。
 全体のできばえは、魔物やら奇形やらちょっと変わった趣向の童話といったところ。見栄えも内容もいくらでも派手にグロテスクにできたところをPG-12(小学生以下は保護者同伴)で抑えたのは、子どもたちに見せたいからなのでしょうね。

2007年2月10日

墨攻

bokkou.jpg 槍と弓、石造りの城、古い中国の戦闘が大迫力で展開されます。主人公は、「インファナル・アフェア」「LOVERS」で知られるアンディ・ラウが演じる、墨家の若き技術者"革離(かくり)"。小国の参謀として招かれ、大国の軍勢を退けます。

 墨家は平和を重んじる思想集団です。しかし、ただ平和を唱えるだけの団体ではなく、すぐれた技術者の集団でもありました。戦争の技術にも精通しており、他国に攻め込まれて困っているどんな国にも望まれれば援助の手をさしのべました。

 "革離"も重責を果たし、攻め込んできて大軍を退けました。物語の後半はそこからはじまります。

 戦いもあり、ロマンスもありと、かなりおもしろいのですが、主要人物がかなり死んでいくのがけってんです。戦争の悲惨さを伝えるためなのでしょうが、ある人物が助からなかったのが私は残念でした。自分はけっこうデッドエンドに許容があるほうなのですが、他の人をあれだけ死なせているかわりに、あの人は助けてほしかったと思います。かなり酷い目に遭わされたんだし、助かってもよかったんじゃないかと思うんです。死なすならもっと早い段階で死なせて、その死によって展開するストーリーがあるなら、まだ納得ができるんですが。このもやもやした気分でマイナス1点です。

2007年2月 2日

マリー・アントワネット

 昭和天皇をえがいた映画「太陽」を観て、天皇の戦争責任をとりあげて問題提起しないこの映画はいかんと鼻息を荒くしていたひとたちは、この「マリー・アントワネット」を観て、国民を苦しめた責任を描いていないのはいかんといったでしょうか。
 なになに、マリー・アントワネットは断頭台にのぼってちゃんと責任をとったって?
 いやいや、映画では国民を苦しめた責任は描かれていませんよ。だから、だめなんじゃないんですか? ねえねえ、どうなんですか、答えてくださいよ。

 (なーんてね。まあ、そういうひとたちは、なにかよくわかっていて、映画をみて天皇の戦争責任をいったんじゃなくて、天皇というとそれしかしらないからそういっただけなんですよね)。

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 ソフィア・コッポラ監督のこの「マリー・アントワネット」は、歴史的な難しいことはほとんどいわず、マリー・アントワネットを材料に、現代人でも共感できるあるひとりの女性像を浮かびあがらせます。
 うまくいかないうっぷんを、おしゃれやギャンブル、遊び、いろんなおいしい食べ物にむけているところなんてすごくよくわかるんじゃないかと思います。くちさがない周りの人々にうんざりさせられたり、味方だと思っているひとも陰ではちょいちょい悪口をいっていたりするところもリアルです。

 王妃が題材ということで、人気者としてもてはやされるひとの生涯もうまく表現されています。最初は、ねたまれて反発をくらっても、やっぱり彼女が花なんです。注目を集め、周りをひっぱっていく力を発揮します。しかし、終盤には、まえと同じことをしても、ブーイング、白い目で見られるようになってしまいます。

 これはソフィア・コッポラ自身でもあるのでしょう。
 大監督フランシス・フォード・コッポラの娘として生まれ、女優業は失敗したものの、マスコミが"ジェネレーションX"と呼ぶ、人々の注目をあつめたムーブメントの中心人物であり(ただし本人たちがジェネレーションXなんてものは存在しないと否定したために、この呼称は短期間で廃れ、死語になった)、"ガーリー"と呼ばれる女の子ぽさを前面に打ちだした写真の先駆者であり、そして、「ヴァージン・スーサイズ」「ロスト・イン・トランスレイション」と若き映画監督としての名も立てました
 そんな彼女の、われわれが見ることのない、苦しみやがんばってきた部分が実感として作品に反映されているのだと思います。