怪談
先週の末に「怪談」を観ました。
監督は「リング」でおなじみの中田秀夫。
原作は三遊亭円朝の「真景累ヶ淵」。こちらは青空文庫に入っているのでネットで読むことができます(→こちら)。
自分は「真景累ヶ淵」はまだ読んでいませんが(あとで読みます)、「累ヶ淵」自体は、以前に紹介した「日本古典文学幻想コレクション3 怪談」、須永朝彦さんの翻訳で読んでいます。
「累ヶ淵」は、何度か妻を迎えるがみな早くに亡くなってしまう男がいて、坊さんに調べてもらうとそれは以前ころした女の霊が祟っていたためだったっていうもので、その女を供養して、これで"おしまい"になるはずが、じつは......という展開のお話です。絡み合う因縁が恐ろしい物語になっています。
もともと怪談は、仏教の教えを実生活にもとづいてわかりやすく説明し、そして身に染みてわかってもらうためのものが多く(仏教説話とよばれます)、現代のホラーでも批判色・教訓が強いものがありますよね。あんな感じのものでした。なぜ悪いことをしてはいけないのか、ばれなければだいじょうぶと思ってるひともいるようだけどそうじゃないんだよ、そういうことを教えるものです。ただ怖がるだけのものとは違うんですよね。
「真景累ヶ淵」は、その「累ヶ淵」をベースにした円朝オリジナルのストーリーのようです。映画では、そのストーリーをしぼって、愛の恐ろしさ悲しさに焦点をあてた物語にしています。
全体として怖がらせる映画ではないのですが、いわゆるホラー映画っぽい"怖がらせ"のシーンがいくつか挿入されています。自分はでも、これは無かった方が良いように思いました。物事の展開していく方向の規則性を見るだけでも充分おもしろみがありますし、作品をより品良くみせるんじゃないかなと思います。
映画にでてくる赤ちゃんが、雑誌の写真でよくみる中田秀夫監督に似ていました。実際にくらべると違うのかもしれませんが、映画だけみているかぎりでは中田監督のイメージです。泣かない赤ん坊で、じーっと主人公の男をみつめて怖がらせる役なんですよ。監督は意識していたのかなー。


