2008年10月 4日

ブレイブ ワン

Amazon.co.jp: ブレイブ ワン 特別版: ニール・ジョーダン, ニッキー・カット, メアリー・スティーンバージェン, ジョディ・フォスター, ナビーン・アンドリュース, テレンス・ハワード: DVD 夜の公園で集団暴行を受け恋人を殺された女性が、偶然巻き込まれたコンビニ強盗で犯人を射殺し逃亡。そのときから、犯罪者に鉄槌を下す処刑者になってゆく、というストーリー。

 感情の爆発を押さえ込んで、低く低く緊迫感を途切れさせない描写に見応えを感じます。アクションは無駄なくクール、暴力の現実をしっかりと見せつけてくれます。

 アマゾンのレビューだと「娯楽作品としてどうなのか」というのと「倫理的な問題」の点で、低い評価を受けていますが、「娯楽作品としてどうなのか」というのはちょっと無茶なつっこみで、もうちょっと論点をくわしくのべてもらわないと、映画はぜんぶ娯楽にしてくれよ、まじめなのは嫌だよっていってるみたいだから、それはひとそれぞれということにしてここでは触れないでおきます。「倫理的な問題」というのは、主人公の女性の行為に気がついた刑事が最終的に彼女を許してしまうのが有りか無しかということです。刑事は気づいた時点で彼女にたとえ話をして警告をします。もし親友が犯罪を犯したら自分は見逃さずに逮捕するだろうと。そんなことをいっておいたくせにラストで彼女の行為を許してしまう刑事に、レビュアーさんは疑問を感じているわけです。自分の考えだと、彼女にわざわざ警告する行為というのは、そのことに自信のない表れではないのかと思うんですよね。親しくなってきている彼女のためを思っての警告という面もたしかにあるけれど、自信のなさがあえて正義を口にさせたのではないかと自分は思います。キャラが、完璧な人間として造形されていれば、「警告」でしかないのでしょうが、刑事さんは、警察の無力さ、法の限界を痛感している人間ですから、やはり自信のなさの表れではないでしょうか。
 この「倫理的な問題」には、じつはもうひとつ視点がありまして、それはキリスト教の観点です。人間の法よりも、神の法を優先するという考えです。人間の法はしょせん不完全だから、神の法に照らし合わせた正義を行うべきではないか、ということなんですが、これってこの映画のストーリーとぴったり合うんですよね。じつは、キリスト教的には「倫理的な問題」はここにはないんです。

 とはいうものの、主人公の女性を許してしまうラストは、自分もなんだかなーと思っていたりします。
 メロドラマなんですよねー。
 ここだけ空気が変わって、甘~いんだ。
 あーあ、と思いましたよ。
 でも、こんなハッピーエンドのほうが、いまは受けるのかなぁ。

"ブレイブ ワン"
監督: ニール・ジョーダン
出演: ジョディ・フォスター、テレンス・ハワード ほか
2944円
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