2005年10月31日

春の雪

春の雪」。
竹内結子の"聡子"は、配役をしったときには「ちがうかな」と思いましたが、ちゃんと聡子になっていました。
蓼科役の大楠道代、清顕の祖母役の岸田今日子がすばらしかった。

うつくしい映像です。みごとな色彩美でした。
戦前のほうが、色はあざやかで、デザインも斬新だったと、美輪明宏さんが以前テレビ番組で指摘していらっしゃいましたが、それはこんなふうだったと思わせるすばらしい映像です。

一方、内容は、恋の物語が平板に進行してしまい、ロマンスのおもしろさがいまいちありませんでした。そのほかの物語上の仕掛けはうまくいっていたので、ざんねんです。
わたしは、登場人物・松枝清顕の切迫感に焦点をあてていないのがその原因だと思います。焦燥をおいかけていけば緊張がたもたれるだけではなく、映画のラストにストレートにつながり、強い感動が得られただろうからです。
もしかすると、平板に思ったのは、自分が小説をなんども読んでいて、話をよくしっていたからかもしれません。
これついては、なにもなく映画をみたひとの意見をきいてみたいです。

2005年10月23日

ドミノ

ドミノ」をみてきました。

"パイレーツ・オブ・カリビアン"にでていたキーラ・ナイトレイが、元モデルの賞金稼ぎという役を演じています。
予告編の感じからして女性キャラのアクションを売り物にした軽い映画かなと思ってたんですが、意外にも、ストーリーが枝分かれしつつ二転三転する、作りこまれた映画でした。

キラー・ナイトレイはばっさりショートにしていて、ウィノナ・ライダーにみえました。かわいい顔もそっくりです。これからはウィノナ・ライダーがやりそうな役をぜんぶとっちゃうんでしょうか。脱ぎっぷりはあいかわらずいいんですが、胸はぺたんこですね。

ミッキー・ロークが賞金稼ぎのボス、エドとしてでています。いかにも荒くれ者、でもボスになるだけの器量もあるところがよくでていてよかった。

複雑なストーリーも、展開して話が変わる場面が、同時にストーリーの説明になっているという、親切設計。でも映像がミュージッククリップみたいにフラッシュしたり巻戻ったりなのでそういうのが苦手なひと、(なんでふつうにながさないんだって怒るような)はだめでしょう。

名前がだーっとでるエンドロールの手前までみていると最後にドミノ・ハーヴェイ本人がちらっと登場します。今年6月に亡くなられたました。

ちなみに賞金稼ぎというのは、アメリカには保釈金制度というのがありまして、裁判の日まで留置場にいるかわりに保釈金をつんでおくと外にでることができます。その保釈金を肩代わりするのが、保釈金保証会社(Bail-bond Company)です。被告が出廷してくれば、保釈金は返ってきます。、被告は手数料だけ払えばいい。被告にとって安くすむので、そういう商売が成り立ちます。しかし、被告が逃げてしまうと保釈金保証会社はたいへんです。保釈金は没収になります。そこで、逃亡した被告を捕まえる賞金稼ぎの出番となるわけです。

2005年10月17日

蝉しぐれ

蝉しぐれ」をみてきました。

時代劇です。地方のある藩を舞台にしています。主人公の家は地元の村の田んぼを管理するちっちゃな役職につく貧乏な侍です。藩の後継者をめぐっての争いにまきこまれ、主人公の父親は切腹、お家断絶にはならなかったものの無役なので貧乏はさらにすすみます。主人公が大人になったある日、復職がゆるされます。が、それをゆるしたのは、主人公の父親を切腹に追いやった敵方の親玉。しばらくはなにごともなく日々はすぎていったのですが、殿様がまた子どもを作ってしまったために、争いが再燃。主人公も親とおなじ争いに巻きこまれることになります。

というのがストーリーの流れですが、大事なのは、幼なじみの女の子とのあいだのかなわなかった恋のお話です。
も、一生の後悔じゃないですか、それって。
年数がたっちゃって、心のなかで暴れまくるような思いではなくなっても、絶対に消えることない切ない静かな痛み。心のどっかが欠けてる感じ。それでも大事な思い出で、いまの自分を支えてきたもの。
それがメインです。

ストーリー展開がどうも盛りあがりに欠ける画なのですが、主人公を支えている美しいものが壊されないので、印象は悪くはありません。


映画のまえに「春の雪」の予告が流されて、しょっぱなは、ああ、だめかもこの映像と思いましたが、宇多田ヒカルの歌が流れるときには、もう涙がぼろぼろ。そのメンタリティをひきずったまま「蝉しぐれ」を見てしまったので、よけいに、かなわぬ恋にばっかり目がいったかもしれません。

2005年10月11日

ステルス

人工知能を搭載し無人で自在に空を飛び敵を攻撃する最新鋭の戦闘機爆撃が、あるとき意志を持ちはじめ、ひとの命令をきかなくなる。

難しいことを考えず、気軽に、派手な映像がたのしめる娯楽作品です。
ファンタスティック・フォーよりもおもしろかっったです。でも、女優さんは、ステルスよりも、ファンタスティック・フォーのほうが魅力がありました。

B級映画は、自分だったらこういう話にするっていうのが考えるのがまたひとつのたのしみです。
予告編のイメージととちがって、いうことをきかなくなった無人戦闘機とほとんど戦わないんですが、戦えばまたべつのおもしろみがあっただろうし、
この無人くんはしゃべるんですが、しゃべらせないで、この戦闘機がなにをしようとしているのかをつきとめる、というのでもよかったかもしれない。
あとはやっぱり人工知能っていっても、この映画でもまた「擬人化」の枠をでていない。顔がついた機関車がしゃべるのとぜんぜんかわない。これだったら、導線の切れっ端だってしゃべる。もうちょっとAIそのものを探求してもいいんじゃないかな。ほかを娯楽にしちゃえばちょっとぐらい難しくなっても勢いで押していけるだろうし。

2005年10月 2日

シン・シティ

シン・シティ」をみてきました。

フランク・ミラーのコミック「シン・シティ」が原作で、ロバート・ロドリゲスは撮影に徹し、登場人物はそのとき何を考えてどうしようとしているのかという演出は原作者のフランク・ミラーにまかせました。そのため、監督はダブルネームになっています。アメリカ映画監督協会が一本の映画に監督はひとりしかだめって規約をつきつけたのでロバート・ロドリゲスは組合をやめてしまったそうです。

映像は、役者をグリーン・バックの前で演じさせ、背景を合成。コミックのふんいきをだすようにしています。全編モノトーンで部分的に色がのっている形です。

全体の雰囲気は、アメコミお得意のセリフの多いハードボイルド。
フィリップ・マーロウみたいな古典的ハードボイルドは下っ端は倒すけれど、親玉には手をださず、そんなへたれ具合をきざなセリフでごまかしてかっこつけるっていう典型的な負け犬ストーリーなんですが、アメコミはそんなふうでありつつも(やっぱ現実は重いのだ)、コミックならではの無茶OKの雰囲気を武器に巨悪に挑みます。命張ります。

かっこよかったキャラは、デボン青木演じる娼婦街の殺し屋ミホ。くるりと空中回転、二刀流でずばっといきます。
そして大男マーヴを演じるミッキー・ローク。もとから整形ですが、その顔にさらにメイクして、誰だかわかりにくかった。ミッキー・ロークだと最初から知っていれば、ああ、そうだねとわかります。人造人間ではないけれど、フランケンシュタイン(の怪物)のイメージ、純情、純粋、怪力。
ファンタスティック・フォーにでていたジェシカ・アルバも登場します。かわいくて、セクシー。こりゃ、すごい人気でますな。