2006年4月30日

ニュー・ワールド

 「天国の日々」「シン・レッド・ライン」のテレンス・マリック監督の作品です。

 うおー、やっぱ、すげー。が率直な感想。

 テレンス・マリック監督の映画は、映像だけでも持つ美しさをほこります。スタンリー・キューブリック監督とおなじ感じです。映像は美しいけれども、ストーリーは弱いといわれがちなるのも共通しています。ふたりとも、あまり凝らないシンプルな、しかもどこにでもあるストーリーを採用します。

 この「ニュー・ワールド」はポカホンタスを題材にしています。ポカホンタスは、アメリカ先住民族(インディアン)の大部族の酋長の娘で、英国からの入植者と結婚し、やがて海を渡って英国本国で国王に謁見したことがきっかけになって国際的な有名人となりました。ディズニーのアニメになったこともあります(わたしはそれはまだみていないのでざんねんながら比較はできません)。

 この映画では、部族にとらわれて殺されそうになっていたジョン・スミスをポカホンタスが助け、ふたりは恋に落ちる。しかしスミスはポカホンタスを置いて他へいってしまい、失意の底に沈む彼女をささえたジョン・ロルフと結婚するのですが、ポカホンタスの心はまたスミスに向いている、という典型的なロマンスの形式で進んでいきます。

 しかし、ストーリーだけを聞くのと実際にこの映画を観るのとでは心にのこるものはだいぶちがってきます。物語るもの以外に、映像によって観客自身が体験するものがあるのです。ことばにはならない、感じるしかないものがあるわけです。ここが映像が美しいだけになってしまう監督と、テレンス・マリック、スタンリー・キューブリック両監督とのちがいだと思います。
 ただ、感性的になってしまうので、合わないひとにはまったくだめな映画で、映像は美しいけれど、つまらない、というふうになってしまいますね。

 それから、ポカホンタス役のクオリアンカ・キルヒャーが陽気に笑いながら子どものように無邪気にうごきまわるところがすごくかわいくて魅力ありました。こっちもつられて笑顔になります。

 →「ニュー・ワールド」公式サイト

2006年4月23日

V・フォー・ヴェンデッタ

 ABC振興会では"クソアマたん"の愛称で可愛がられているナタリー・ポートマンと「マトリックス」シリーズの名悪役エージェント・スミスを演じたヒューゴ・ウィービング主演の「V・フォー・ヴェンデッタ」をみてきました。

 長期にわたるアメリカの戦争によって世界は荒廃した。英国は過酷な時代を生きぬくあいだに独裁国家になっていた。外出禁止令がでている深夜に外にでたエヴィー(ナタリー・ポートマン)は自警団に襲われそうになったが、奇妙な仮面をかぶった男があらわれすくわれる。彼は"V"と名のり、エヴィーに政府の建築物を爆破するようすを娯楽をたのしむかのように見せるのだった。

 Vさん(ヒューゴ・ウィービング)、まー、しゃべることしゃべること韻をふむふむ。仮面もちょっとセンスないですしね。さいしょはあんまりかっこよくない。途中で異常さもわかってきます。もっとストーリーが進むと理解できるようになりますし、ラストまえでは強烈な殺陣をみせてくれます。これがかっこいいーんです。
 仮面は、ガイ・フォークスのお面。昔のテロリストで、英国の推理小説には「ガイ・フォークス・デイ」という、ガイ・フォークにみたてた人形をひきまわして燃やすお祭りの場面がでてきます。なんでそんなことをやるのかは翻訳者のかたもたいがいその心情を不思議そうに解説しているくらいなので、そんな説明しか読んだことのないわたしにはわかりません。

 独裁体制との戦いとVの個人的な復讐がお話の軸で、 自由はみずから戦って勝ちとるという精神が強烈にうちだされています。
 セリフが理屈っぽくて長いので、娯楽娯楽しているものを期待していると、むずかしくてよくわかんないということになるかもしれません。

 この映画、タイトルがいいにくくてしょうがない「ぶい・ふぉー」まではいいんですが、そのあとがなんだかぜんぜん思い出せません。しかたないので、チケット買うときは「ぶい」といいました。おねーさんが「ぶい・ふぉー・う゛ぇんでった、ですね」といってくれたので、うむとうなずきかえしました。

2006年4月19日

親切なクムジャさん

B000E41NIK.01._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_.jpg 「宮廷女官チャングムの誓い」という、日本の料理アニメのようなノリで展開する宮廷料理人のドラマがNHKでやっていますよね。わたしはちょうどテレビをつけたときにたまたまやっていたぐらいしか観たことがないのですが、ちょっとみただけでもわかる清純派・正統派の誰からも愛されるお姉さんチャングムを演じているのがイ・ヨンエです。丸顔で、ちょっと幼げな風貌が愛らしく、ほんとうに清純派が似つかわしい彼女が、この映画では、冷酷な復讐の鬼を演じます。

 主人公クムジャは、男の子を誘拐して殺した罪で刑務所に入っていました。出所するとすぐに刑務所に入るまえから計画していた復讐にとりかかります。「親切なクムジャさん」というのは刑務所でのあだ名で、いばりくさって好き放題やっている古株の囚人をやっつけたりするところからつきました。また模範囚としての彼女の仮面でもありました。

 主人公や脇役のエピソードが断片的に挿入されていく見せ方をしているものの、ドラマ自体はわりとシンプルに進んでいきます。そして、事情がすべてわかるようになった終盤に複数を捲きこんでの大団円をむかえます。

 暴力をみせるだけではなく、かといって、感情の爆発をみせるだけでもなく、バランスをとりながらのドラマ展開がとてもうまく、アクション映画だったらただ派手な見せ場にしかならない、殴る、撃つ、血が飛び散るといったシーンで、それをする登場人物の怒りや悲しみがつたわってきます。クールにみせているのにもかかわらず。

 クムジャさんは復讐を果たしたものの救われません。自分が刑務所に入ることになった誘拐殺人の子どもへの罪の意識もあります。それを彼女自身の子どもが救ってくれます。恨みは忘れらないし、自分の罪も消えはしないけれど、そういったものが自分の子どもにはつながっていかず、その未来に希望が託せれば、魂は救われるのかもしれない、そう思いました。

"親切なクムジャさん"
監督 パク・チャヌク
出演 エ・ヨンエ、チェ・ミンシク、クォン・イェヨン、キム・シフ ほか
4179円
Amazonアソシエイト

(うーわ。吹き替えがチャングムとおなじひとだ)。

2006年4月16日

チェブラーシカ

B0000635TX.01._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_.jpg まえから気になってはいたのですがほかにもほしいものがたくさんあるのでいつもまた今度にしていましたが、今回、廃盤になってしまうときいたの、でいそいで購入しました。アマゾンではもうぼったくり価格になっていますが、タワーレコードHMVではまだ通常価格で買えますので、そちらを利用してください。

 ストーリーは素朴な子ども向けのもので、いまのアニメや特撮物が好きな方にはものたりないかもしれません。ほのぼのしたものが好きならばおすすめです。

 物を盗ったり、いたずら書きをしたり、いじわるなおばあさんがでてくるのですが、それよりも観ていて困った、心配になってしまうのはワニのゲーナです。チェブラーシカの友だちで、正義感の強い、やや頑固ものな、おっちゃんなワニです。彼がほぼ毎回、無茶をやらかすんですよ。だれがやったのか気づかれなかったのかそのままになっていたり、軍のひとか警官なのかわかりませんがやさしいひとで怒らなかったりするのでなんとかなっていますが、観ているこちらはどきどきです。

 チェブラーシカの「ダー(Да)」Yes、「ニエート(Нет)」Noがかわいくてもっと聴いていたいなー。

タイフーン

 きょうは「タイフーン」をみてきました。

 昔話だけじゃなく、現代にも海賊が存在することはニュースになったりしているのでご存じの方も多いと思います。

 その海賊が、古い貨物船に隠して台湾から沖縄へ運ばれていたアメリカの最新型の核ミサイル誘導装置を強奪します。
 アメリカが事実を公表しない中、韓国は国防上の理由から独自に調査を開始します。調べてみると、海賊のリーダーであるシンは、北朝鮮から逃げだしてきた家族のひとりで、中国にあるアメリカの大使館に逃げ込み韓国への亡命を希望していたが、その当時、韓国は中国からの脱北者の受け入れをしておらず拒否されていたことがわかります。そして彼が韓国への恨みだけを糧に地獄のような日々を生きぬいてきたことも。

 熱いです。なんでしょうこのパッション。日本映画にもかつてあったはずなのにすっかりなくなってしまったものが、韓国映画にはあります。

 設定に多少の無理がみられますが、ストーリーの組み立てがうまいので、たのしんで観ていけます。海賊のリーダーが狙っていることも「あれ」じゃなくってじつは「これ」だったと、「あれ」も「これ」も単独ではどちらもそんなのむりだよーと思ってしまうことなんですが、「あれ」じゃなくて「これ」と一展開いれることで、疑問を感じさせなくすることができるんですね。

 アクションもそんなにお金をかけてないはずなのに見ごたえありました。

 泣かせるシーンもたっぷりあります。つらく悲しい場面を目一杯もりあげるんじゃなくて、しあわせだったころのエピソードをいれてくるのはうまいですね。爆泣きです。

2006年4月 9日

リバティーン

 「リバティーン」をみてきました。

 リバティーン(Libertine)は放蕩者という意味で、この映画はその放蕩者、酒におぼれ、女におぼれ、若くして死んだ17世紀のイギリスの詩人ジョン・ウィルモットのストーリーです。主人公をジョニー・デップが演じます。

 当時の貴族の生活ってけっこう汚かったんだなと思いました。屋敷の中はきれいに整っているものの、外にでれば道はどろどろ、酒場は貴族が通うといっても庶民がいくのとかわらないおんぼろで薄暗くって汚いところのようです。

 主人公は伯爵で、国王とも親しく、冗談っぽい内容のものばかり書いてはいるものの詩の才能があることはみとめられており、また演劇にも一家言を持ち、ロンドンにでてきたばかりの女優を育てることに熱心になります。この女優は初舞台はさんざんで観客のほとんどからブーイングをくらいました。どうやら主人公は他人にだめといわれたひとを助けてあげようとする傾向があるようです。
 さいしょに指導をしようとする場面で主人公にたいして女優がいらつきはじめ、なんで自分に演技指導などしようとするのかと問いただします。頭に血がのぼり、喧嘩腰です。私は才能がある、あんたに指導されたら、将来、私が成功しても、手柄はぜんぶあんたがうばってしまう。どうせ自分が育てたんだと自慢したいだけだろう。私は自分の力で観客を感動させ、また観に来てもらうときも演劇ではなく私を観に来てもらいたいのだ、と主張します。この白熱する口論の場面でぐーっと映画に惹きつけられてしまいました。それまでは、もしかしていわゆる文芸的な映画なのかな、それだったらたいくつだなとちょっとがっかりしていたのですが、ここでのめりこみました。

 芸の肥やしといって日本でも芸能ごとをするひとは酒、女、博打はゆるされているところがありますが、この主人公の場合は度がすぎて才能をつぶしているほうが多いように思います。(しかし、まじめだったら才能は開花しなかったことでしょう)。それでも、そういう生き方しかできなかった人間として描かれます。愛すべき人物です。いい映画でした。

2006年4月 2日

ドゥーム

 きょうは「ドゥーム DOOM」をみました。

 「ドゥーム」か「ファイヤー・ウォール」のどちらかで迷いました。「ドゥーム」はSF、しかも、ホラーとアクションがつきます。「ファイヤー・ウォール」はサスペンスです。どちらも予告編をみたかぎりでは、こけたらやばいです。サスペンスの方が作るの大変だろうと思い、「ドゥーム」を選んでみました。

 この映画はアクションゲームが原作だそうです。エイリアンとゾンビが合体したような敵を銃でどんどん倒しながら進んでいくゲームらしいです。ゲーム画面とおなじアングルがつかわれているということで話題になったのですが、いつまでたってもそれらしい画面になりません。あれ、やめたのかなと思っていたら、最後の方にでてきました。

 火星の研究所でなにか事件がおこり、それを軍の特殊部隊が調べにいくところからこの映画は始まります。
 おもわせぶりのおどかしがけっこう多いかなという印象。暗いところでごそごそっと音してびくっとあせっておどおどしながらやっとのことで確かめてみると白いワンちゃんがいただけだったりとか、それはホラーの定石で、観客の気分を高めるのに効果があるのですが、あとのほうになってもそういうことをしてしまうと、こんどは肩すかしになって盛りあがりがさめてしまいます。気になるひとは気になるというていどなんですが、後半そういうことをしないで、驚かしをはずして、アクションだけで押していったほうがよかったのではないかと思います。

 終盤にストーリーが展開します。ここがこの映画のみどころです。

 見ていてわからなかったのは、遺伝子と感染のごっちゃぶりと、怪物になるひととならないひとの理由。登場人物がいってくれるんですが、わからないんです。そういうもんなんだなとてきとうにながしてみなくてはいけないんでしょうね。