Startup Delayer を入れると遅くなる
常駐ソフトの起動タイミングをコントロールするソフト『Startup Delayer』。
しばらく使ってみたんだけど、どうやっても、かなり起動が遅くなる。
セキュリティーソフトとバッティングしているのかな?
2011年12月31日
常駐ソフトの起動タイミングをコントロールするソフト『Startup Delayer』。
しばらく使ってみたんだけど、どうやっても、かなり起動が遅くなる。
セキュリティーソフトとバッティングしているのかな?
2011年11月13日
2011年11月 6日
秋月電子通商で売っている小物入れを買いました。
自分は、秋月のサイトの写真で感じたものよりも実物はずっと小さく感じました。
以下、10円玉との比較です。


水色の一番小さいやつだと10円玉を入れるとフタがしまりません。それぐらいの大きさです。
実際に小さな物――ネジやワッシャーを入れてみると、整理する気があるのなら、このサイズがちょうどいいと思いました。
こんな小さな物なのにフタがバネでぺこっと気持ちよく開くのがすごいですね。
こんなに作りのいい物はひさしぶり。どこいってももう手抜き品ばかりですからね。
いちばん小さい水色以外の箱だったら一般家庭でもべんりに使えると思いますよ。
→ 小物収納ケース(水色) KCB-A
→ 小物収納ケース(緑) KCB-B
→ 小物収納ケース(ピンク) KCB-C
→ 小物収納ケース(黄) KCB-D
2011年10月23日
この10巻での大きなできごとは、諸葛孔明の死。大軍を率いて魏の領内で停止。そのまま何かを待っているうちに病に倒れます。
守りを固めたまま、ずっと何を待っていたのでしょう。
まずは呉軍です。呉は3ヵ月後という遅い段階で軍をだし、しかも早々に撤退してしまいます。
対する魏が攻めてくるのを待っていたのでしょうか? 魏の軍隊を率いる司馬仲達は対峙したまま動かずにいました。
魏での反乱でしょうか? これまで何度も孔明は攻めてきては撤退をくりかえしているので静観したまま動きません。
史実の孔明は、頭が良いひとではありましたが、奇策をもちいることはありませんでした。このまま何も起こらない、撤退するしかない戦争をおこして、どうしようというのでしょう?
孔明が病死し撤退、後を追った魏軍が追撃をきりあげると、蜀の人民は「死せる諸葛、生ける仲達を走らす」と揶揄したそうですが、これはほとんど負け惜しみでしょう。
蜀軍は、撤退時から、魏延と楊儀が対立して戦闘をおこしています。著者の宮城谷昌光は、ふたりの性格が似ていることを指摘しています。孔明の生前より対立していたこのふたりをなんとかできなかったのも疑問に思います。人事も自由にできたはずなので、わかっていれば、対処できたはずです。孔明は、ひとがわからなかったのかもしれません。
10巻ではさらに魏の君主、曹叡が死去。先代の曹丕よりも君主としての才能がありましたが、女性に冷たすぎるきらいがありました。讒言によって母親が死んだことが影響したのかもしれません。また、子はすべて早くになくし、跡継ぎは養子となってしまいました。そして、この子がまだ幼いのです。宮城谷版三国志を読んできたひとならおわかりのように、後漢末期の悪夢がよみがえります。
2011年10月 3日
iTunesを開くと「リカバリーモードのiPodが見つかりました」とメッセージが出てiPodが認識されず。
その後のメッセージにしたがってiPod「復元」をおこなうも、また「リカバリーモードのipodが見つかりました」のメッセージがでてきて、永久ループ。
いろいろやってみた結果、カスタマイズツールで「FATファイルシステムにおいて、8.3形式のファイルのみ使用可能とする」にチェックが入っていると、この永久ループに落ち込むらしいです。
チェックを入れたつもりはなかったのですが、「いじくるつーる」をバージョンアップしたら勝手に入ってました。ほかにもMFTの大きさが1~4までしから指定できないはずが0になっていたりちょっとおかしかった。
カスタマイズツールも変だと思ったらすぐキャンセルして使わないようにしないといけませんね。不注意すぎました。
ふー、iPod、しんじゃったかと思ったよー。
(か、Windowsの方がいかれたか、どちらかと)
2011年9月30日
ギャングといってもマフィアのようではなくて、山賊とか海賊をみているような格好ででてきます。
まだ南北戦争をしているころ、創世記のアメリカ。移民がたどり着く港町、ニューヨークのうまれたての物語です。
物語といっても、ストーリーっぽいストーリーはなく、状況があるだけ。父親をころされた男が大きくなってその親の敵の手下になっている、という状況。
想像するようなできごとが起こりますが、想像したような結末は、ややだらしなく、かっこ悪く、訪れます。
もう、そういう時代ではないのかもしれない、……とも思うですが、この時代以後もギャングはたくさん生まれるし、ギャング映画も山ほどあるんですよね。決闘とかそいうことがじゃまされてできなくなってしまった時代になったということなのでしょう。
やはりスコセッシ映画の主人公はかっこ悪く結末を迎えるのでした(それを恐れると映画にでてくるサブキャラたちのようになってしまうという)。
アラブ諸国で現地にもぐって活動するCIA工作員を主人公としたサスペンス映画です。
ディカプリオ演じる工作員にたいして、本国から指示を送る上司がいるのですが、その上司は全編にわたってかかわってくるのですが、どんな事件にも巻き込まれないまま映画が終わってしまうのに、物足りなさを感じました。
なんかおなかいっぱいにならんのです。
安全なところにいる彼、もまた映画のテーマのひとつなんでしょうが、でも、そういうふうに描いていないので不満なのです。
これだったら、工作員を死なせてしまう結末にでもしなければ……。
残された上司は、なにもいわなくても、もしくはすぐに忘れてしまってべつの工作員に指示を送るでも、その演出がなんであっても、形はついたと思います。
2011年9月16日
コロンビアの田舎町の農園で、花束をつくる仕事をしている17歳の女の子が主人公です。
彼氏にも不満、この生活にも不満。工場の主任にたてついて仕事もやめてしまいます。
彼女は、麻薬を飲み込んでアメリカまで運ぶ仕事を紹介され、それをうけることにしました。
でも、行って帰って、何も問題ありませんでいた、というわけにはいきませんでした。……
ふつうの女の子が麻薬の運び屋になっている話と、女の子が故郷を離れる話が、ひとつになっています。
尖りすぎず、かといって、それほど甘くもない。
コロンビアのふつうの女の子の青春映画を撮ろうとすると、麻薬の運び屋の話にもなってしまうという凄さ。
おとなしい日常のなかにあるできごとだからそこ恐ろしいのだと気づかせてくれます。
巧みな手さばきです。