2010年8月31日
REC/レック
消防署員への取材をしていた女性リポーターが、同行した緊急出動先のアパートで、太った中年女性が血まみれで半狂乱になっている状況に遭遇。落ち着かせようと近づいた警官と消防署員のひとりが噛みつかれてしまう。病院へ搬送しようとするが、なぜかアパートの出入り口は警察によって外から封鎖され、出ることができなくなっていた。……
ゾンビ映画です。
すべての映像は、リポーターに同行しているカメラマンがとったものという体(てい)になっており、いわゆるフェイクドキュメントと称されるスタイルの作品ですが、これはあまり成功しているとは思えません。リポーターの女性が、ドラマっぽい芝居をするし、カメラは手持ちカメラなんですが、これもなにか不自然な感じがあって、ドキュメンタリーを見ているような気分になりません。ただしカメラの人が上手なのでブレが少なく、アングルも良く、とても見やすい、迫力のある映像になっています。
アパートは、海外の映画でよくみる、5階建てぐらいで、真ん中に回り階段があるタイプの集合住宅です。
わりあい狭い上に、階段を通してしか上下に移動できません。
ゾンビは最近の「走るゾンビ」です。力もあります。ゾンビというより、最高に狂った人間といったほうがイメージがつかみやすいかもしれません。
当然のように映画では、鍵は上の階にあり、脱出は地下の扉を開けて、といったぐあいに、行ったり来たりしなけらばならなくなります。
たまらないスリルが味わえます。
ラストでは、このゾンビ事件の原因がわかります。これは自分は好きでした。
理由そのものおもしろいと思いましたし、映画の最後の方でまたドラマ性がでてきたことも評価できます。
ゾンビ映画というのは、物語性がどんどん崩壊していって、最後は追っかけっこで、登場人物は助かったとしても、ゾンビ被害としてはぜんぜん助かっていなかったというオチがつくのが定番です。
物語性が崩壊するのは、登場人物側の信頼関係がゾンビ化によって無残にもぶち切られてしまうからです。どんな固い絆も一瞬で完全におしまい。家族も、友情も、高潔さも、なにもかもが失われ
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、ドラマが枯渇するのです。
この映画は、視点をこの場から全体を俯瞰する位置にちょっとずらすことで物語性を維持します。
おもしろい映画でした。
2010年8月29日
2010年8月14日
狂乱家族日記 番外そのさん
2010年8月 8日
2010年7月26日
狂乱家族日記 拾さつめ
2010年7月22日
宮城谷昌光 『三国志』 第4巻
三国志にはたくさんの人物がでてきます。 そのなかにはよくわからない言動をしている人がいます。
3巻のときの感想に書きましたが、劉備も自分にはよくわからないところがある人です。でも、宮城谷さんの『三国志』で、劉備は任侠の人なんだと知り、彼の心理をちょっとだけを理解できた気がしました。
わからない人の筆頭は、皇甫嵩です。後漢の武将で、董卓が中央を支配したとき、対抗できるだけの大軍をしたがえていましたが、なにもせず、朝廷から呼ばれると軍を置いて、いそいそと参内、もちろん董卓の罠なので捕まって牢に入れられてしまいます。皇甫嵩の息子が董卓と交流があったのでそのとりなしによって牢からだされますが、公の場で董卓にうながされ頭を下げさせられるパフォーマンスまでさせられました。ここで頭を下げたことで、この人はもうダメだと周りから思われるようになりました。董卓の死後も朝廷に仕えていたようですが表舞台にあがることはありませんでした。
この人は何に使えていたんだろうと、まったくふしぎでなりません。
ずっと異民族と戦ってきていたので武力は高く、臆病者ではありません。堂々とした人物のようです。しかし、自分から捕まりにいってしまい、董卓に頭を下げるのも屈辱ではないようです。皇帝を助けない。しかし、そのあとも武将として仕えている……。わけがわかりません。彼なりに論理は一貫しているんだろうけれども。
袁紹もわからないところがあるひとです。積極的なときと消極的なときの差があります。都にいるときは、朝廷に巣食う宦官を駆逐しようと、かなりアグレッシブに行動します。最後には、董卓を都に招きいれることになったほです。後に、その董卓を討つために集結した連合軍の総大将になりましたが、このときはなにも行動をせずまったく動きませんでした。反董卓軍の総大将のときだけを見ると、"名門の出ではあるけれど経験が少なく実力もまだない"という評論もできるけれど、それ以前には行動力を見せています。まるで人が変わってしまったようです。
一方、わかりにくかったけれどこの小説で見ると理解できるようになったのは趙雲です。劉備とはじめて会い、一緒に戦い、劉備に仕えたいけれど、今はダメだというとき、演義だと今は公孫瓚に仕えているので劉備に仕えることができないのですといって「泣き」ます。幼児性が強いんです。それが、この小説では、劉備と関羽・張飛の関係性の強さが理由になっています。野外では一緒の天幕(テント)で川の字になって寝るというほど密接な関係にある関羽と張飛が劉備に人を近づけないんですね。「劉備>関羽・張飛>>>越えられない壁>>>兵士」の図式が強固にできあがってしまっている。そのため、自分の居場所がなく、おそらく排除されてしまうのでは、と判断した趙雲は、劉備の陣営に参加することをいったんあきらめます。将来、大きな組織になれば自然に人が必要になるだろう、と考えます。これは史実ではなく、作者の創作だと思いますが、妥当なところではないでしょうか。この時期に、劉備の仲間になりたくてもなれなかった人は趙雲ひとりではないでしょう。
4巻は、合戦が多くなり、ここまでの宮廷を描いた陰湿なストーリーとはだいぶ雰囲気が変わりました。
なお、現在は、文庫版はこの4巻までです。秋には5、6巻がでて、以降、年一冊のペースで刊行されるようです。単行本先行しているので、5、6巻を買って、そのあとは単行本を読んでいこうと思っています。
2010年7月 9日
狂乱家族日記 九さつめ
前回で、クラゲさんこと月香が持てる力を使い果たしてしまい、そのため今回は赤ちゃんになってしまった月香とそれになじめない優歌というのを物語のタネにしたお話です。
優歌は、鬼と評される非情な一族の生まれで、一族の最年少者はおもちゃがわりに皆からいたぶられる掟(おきて)のもとでいじめられ続けていた女の子です。月香が妹的な立ち位置につくと、優歌はむしょうにイライラして月香をいじめたくなってしまいます。
子どものころDVを受けていたひとが親になると子どもに暴力をふるってしまう悪循環を想起するエピソードです。
それにくわえて、これまで月香のひとりごとのなかにでてきた人物「泪雨夜」「朝夜」が過去エピソードとして登場します。ここには「閻禍」もでてきます。ただしふつうの青年として。人々をころしまくった怪物だったはずなのに? という楽しみな「終幕の序章」になっています。
2010年6月23日
Amazon Quick Affiliate に<span>を取り除く処理をつけくわえる
Amazonアフィリエイトのタグ作成スクリプト『Amazon Quick Affiliate (JP)』を愛用しております。
Amazonに仕様変更があったのか、商品名のところに<span>で文字列に対する指定が付けくわえられていることがあります。
たとえば、
"狂乱家族日記 九さつめ (ファミ通文庫) [文庫]"
という商品名は、
"狂乱家族日記 九さつめ (ファミ通文庫) <span style="text-transform: capitalize; font-size: 16px;">[文庫]</span>"
となっています。
自分のところではこのタグはじゃまなので、取りのぞく処理を付けくわえました。
スクリプトの100行目を書き換えます。
var title = document.getElementById('affiliate_title').value;
これを、
var title = document.getElementById('affiliate_title').value.replace(/<.+?>/g,"");
にします。
行末のvalueのあとに.replace(/<.+?>/g,"") を付けくわえるだけです。
spanタグだけじゃなくて、タグに囲まれた[文庫]までも取りのぞきたい場合は変更点を、.replace(/\s?<span.+?span>/g,"") にすると、spanタグの始まりからspanタグの終わりまでごっそり削除してくれます(spanタグの前に空白があればついでに削除します)。
と思ったら
仕様がもとに戻ったみたい。ほっ。








